ANIMAL LIFE

 

by wwr

 
 
悟浄がゲームを持ってきた。
「なんです、これ」
「パチンコの景品」
「『シーマン』・・・また変なものを」
八戒はパッケージを開けると、「シーマン育成の手引き」を読み始めた。
「育成ゲーだってさ、やってみよーぜ」
オマケに貰ったメモリーカードを差し込み、悟浄はPS2にディスクを滑り込ませた。
低い男性の声が歓迎の意を告げる。
「ようこそ。ムッシュ・ガゼーの実験室へ」
最初の画面は海。
そこでシーマンの卵が孵り、ある程度育ったところで水槽に移して飼う事になるようだ。
Lボタンでテレビの画面は海から水槽になる。
「初めに水槽の環境を調整するみたいですね」
八戒はアナログなヒーターで水槽の温度とエアーを調整していった。
やがて海の中では卵が孵り、小さなシーマンが群れになって泳ぎ始める。
「おーし、いくぞ」
悟浄は一匹のシーマンを海から摘み上げると水槽に放した。
「個性的な顔ですね」
「可愛い系じゃねえな」
体をくねらせて泳ぐシーマンを一言で例えるなら、頭でっかちな人面魚。妙に大きな額からは、管のようなものが伸びている。
「話し掛けてみたらどうです」
「ああ。おい、お前」
『気安く呼ぶな』
シーマンはそう言うとぷいっと尾を振って後ろを向いた。
「うわ、可愛くねぇ」
悟浄はカチカチとボタンを連打して水槽を叩いた。
『うぜェよ』
シーマンはこちらを見ようともしない。
「こういう設定、なんでしょうか」
「俺が知るかよ」
悟浄と八戒は水槽を眺め渡した。ポンプから噴き出す酸素の泡で、水草がゆらめいている。敷き詰められた砂の上には小石が置かれ、なかなか居心地は良さそうだ。
金色の鱗と半透明なヒレをひらめかせてシーマンが泳ぐ姿は、綺麗と言えないこともない。
『腹減った』
いきなりシーマンがしゃべった。
「腹へったぁ?なに喰うんだこいつ」
「別の画面で餌の虫を取るみたいですよ」
森の画面に切り替えて、虫を捕まえシーマンにやってみる。
『早かったな』
シーマンは当然だ、という態度でそれを受け取った。
「うまいか?」
『だから何だ』
「お前、何が好きなの?」
『マヨネーズ・・・入れるだろ普通』
「あぁ?」
噛み合っているのかいないのか分からない会話を続ける内に、やがて画面は夜になった。
『俺は寝る!起こした奴は殺すぞ』
「おい、寝んなよ。まだ12時前だぜ」
『るせぇってんだろーが』
「悟浄、一日の世話は10分ぐらいまででって、ありますよ」
「へぇへぇ。分かりましたよ」
水槽の灯りを消して、その日の育成は終了した。自動で記録される育成日記を閉じゲーム機の電源を切る。
「なんかこう・・・予想してたのと違うんですけど」
「やっぱそう思う?」
癒し系ではない、全く。
育成ゲームにしてはパラメーターもない。
第一あのキャラクターはなんなんだ。
「八戒、お前やらねぇ?」
「駄目ですよ。もう悟浄を飼い主と認識してますから、途中で変わると混乱するらしいです」
読んでいた「育成の手引き」から顔を上げて、八戒がにっこりと笑う。
「最後まで責任持って飼いましょうね」
胸を張って言うが、責任感には自信はない。犬や猫を飼ったこともない。
大体この不規則な生活で、どうすれば生き物の世話ができるのか。
―面倒なモン飼っちまったな―
そう思いながら悟浄はベッドに入った。うとうととし始めた、と思ったとたんに叩き起こされた。
「起きてください、悟浄」
「んだよ~~」
時計は朝の八時を指している。寝付いてからまだ数時間。なにが哀しくてこんな朝早く起きなくてはならないのか。
「頼む、寝かせて」
潜りこんだ毛布の上から八戒が告げる。
「死んじゃいますよ」
「誰が?」
もそもそと毛布から顔を出す。しょぼつく目にはサワヤカな朝日が眩しすぎる。
「シーマンが」
「なんで?」
「水槽の温度が下がりすぎているんです」
「上げといて」
「飼い主は貴方です」
それだけ言って八戒は部屋から出て行った。
八戒がああなったら、絶対に自分の行動は変えない。たとえ本当にシーマンが死んでも。
「わぁーったよ。やりゃいいんだろ」
悟浄は毛布を被ったまま、ずるずるとゲーム機のある部屋に移動した。
「おはよーさん」
水槽の前に座ってコントローラーを握り、ヒーターの温度を上げていく。水底でじっとしていたシーマンは、やがて元気に泳ぎだした。眠い目をこすりながら見るとなんだか水が白っぽいようだ。
「八戒、なんか水、濁ってるぞー」
「酸素を足りないんですよ」
「あーそー」
ボタンを操作すると音をたてて酸素が噴き出し、水槽の中が透き通っていく。
「手ェかかるな、お前」
『ツメが甘いんだよ』
「飼い主に向かってなに言ってやがる」
『下僕だ』
「~~~っ」
悟浄は尾びれを持ってシーマンを摘み上げた。
『離せ このバカ!!』
「ちったぁ可愛くできねぇのか、お前は」
『いいトシこいてわがままぬかしてんじゃねーよ』
じたじたともがきながらも、シーマンの減らず口は変わらない。
「このまま捨てっちまうぞ」
シーマンの動きがぴたりと止まった。水槽の向こうから細い目がこちらを見据える。
『お前は俺を裏切らない』
ボタンを握る悟浄の手がふっと緩み、シーマンは水槽に滑り落ちる。何もなかったようにゆったりと泳ぐシーマンを、悟浄は口を空けたまま見つめつづけた。


「うーっす」
「おかえりなさい。最近早いですね」
悟浄の生活パターンに新しい習慣が加わっていた。不規則で夜型なのは相変わらずだが、昼と夜には必ずシーマンの水槽を覗くようになった。
温度設定に必要なヒーターは、やけにアナログな設定なので、半日置いておくと温度が下がりすぎてしまうのだ。その頃になると水も濁るから酸素を送らなくてはいけない。
もちろんエサやりも重要だ。
「ほら喰え」
ぽとりと水槽に落としたエサを、シーマンはもくもくと口にする。
「今日はツイてなくてなー。とことん負けっぱなし」
食べ終わったシーマンは悠々と泳ぎ始めた。
「おい、なんとか言えよ」
『なんとか』
「もーちっと長く」
シーマンは面倒そうに尾びれをゆらして正面を向くと、おもむろに口を開いた。
『無一文、という言葉がある』
「うるせーよ!」
水の入ったグラスを持った八戒が、笑いを堪えながら悟浄の隣に腰を下ろした。
「面倒見いいですね、悟浄」
「そういうんじゃねぇよ」
グラスを受け取った悟浄は、一気に飲み干す。乾いた喉に冷たさと水分がしみていく。
泳ぐシーマンを見ていると、細い足が生え始めていることに気づいた。
「お、生えてきたじゃん」
「成長してるんですね」
『俺は寝る』
いつものようにそう宣言すると、シーマンは水槽の底に腹をつけた。
「たまにゃ夜更かししてみろよ、おい」
『知るか』
「起きてろ、コラ」
悟浄はコツコツと水槽をたたく。
『ケンカ売ってんのか。貴様』
「へっ、なーにができるってんだよ」
シーマンの頭から伸びる管がしなったかとおもうと、いきなり水槽の向こうから、茶褐色のモノが叩き付けられた。
「何だコレ」
「フンじゃないですか」
「フンだぁ!?」
『一度やってみてぇと思ってたんだよ。そのバカ面に向けてブッ放すのをな』
そう言い捨ててシーマンはくるりと尾を向けた。
「ンの野郎~~ッ」
「まぁまぁ、眠いんですよ。彼も」
八戒は悟浄の手からコントローラーを取り上げると、水槽のライトを消した。
「おやすみなさい」
『あぁ』
そして画面を海に切り替える。
浅い珊瑚礁の海。降りそそぐ日の光は水底にレース模様を描く。花が咲いたような珊瑚の間を、色鮮やかな熱帯魚がするりと泳ぎぬける。
どこかにある南の海の光景、ではない。コンピューターの演算と設定によって作り上げられた架空の海。
流線型をした赤や青の体をひらめかせて泳ぐ魚たちも、眠気を誘うような波の音も、揺れる海草も、転がる石一つさえ本物はない。
それでも
「綺麗ですね」
「ああ」
「行ってみましょうか、いつか」
「そうだな」
そんな約束をしてみたくなる、海。


悟空を連れて三蔵がやってきたのは数日後だった。
「FF x やらしてー」
勝手知ったる様子でゲーム機に手を伸ばす。
「あれ、なんかやってんの」
「見るか?」
「シーマン?悟浄ヘンなのやってるな」
「お前よりこいつの方が頭いいぞ、お猿ちゃん」
魚の形をしていたシーマンは手足が生えそろい肺魚になっていた。
「ヘンな顔―」
「いーんだよ。エサやってみるか?」
「うん、やるやる」
悟浄はコントローラーの操作を教えて、悟空にエサをやらせてみる。
「喰ってる喰ってる」
「だろ?おい、シーマン」
『なれなれしく呼ぶんじゃねぇよ』
「うわー、可愛くねーの」
悟空はシーマンを掴み上げると、ぐるぐると回しながら眺めた。
「こいつって魚?」
『何やってんだ、馬鹿!』
暴れるシーマンを水槽に戻して悟空が聞く。
「お前、魚?」
『俺の問題だ。てめぇらにゃ関係ねぇ』
シーマンはのそのそと砂地を這うと岩の陰に隠れた。
「悟浄~~、こいつ飼ってて楽しいか?」
「楽しいっつーか、手ぇかかんだよな。温度とか酸素とか」
「そうそう。決まった時間にエサをやらないと不機嫌になりますしね」
どうしてこんな可愛げもないものを、せっせと世話をしているのか。聞かれてみると自分でも不思議だ。
「ちょっかい出すとウザがる癖に、構ってやらねぇと拗ねるしな」
「なんかソレって三蔵そっくりじゃん」
言ってはいけないその一言。シーマンを飼いはじめてからずっと悟浄と八戒が思いながらも、口には出さずにいたその禁句は、悟空によって放たれた。
「そいつのどこが俺に似ている」
こめかみに青筋を浮かべた三蔵は、すでに殺戮モードまであと一歩。張りつめた空気の中、恐れ知らずのシーマンが言う。
『自覚がないのか。重症だな』
問答無用で銃声が響く。
三蔵の両腕を羽交い絞めにしたのは悟浄。
両足にしがみ付いたのは悟空。
電源を切ってゲーム機を避難させたのは八戒。
電光石火で発砲された銃からシーマンを守りきれたのは、条件反射の賜物だった。


無い方がいい出会い、というものがある。そう学習した悟空は、次は一人でやってきた。
「悟浄、あいつ元気?大きくなった?」
言いながらゲーム機に電源を入れる。
「あー、アイツな・・・・・・死んだ」
「え、なんで」
悟空は目を丸くして水槽をのぞきこんだ。元気に憎まれ口をたたいていたシーマンの姿はどこにもなく、茶色い砂の上には卵が四つあるだけ。
「タマゴ産んだと思ったら、すぐに死んじまった」
その時、悟浄と八戒は並んで水槽を見ていた。一つ一つ卵が生まれるたびに歓声を上げながら。そして産卵をおえたシーマンは動かなくなった。
いくら話し掛けても返事はなかった。姿はなにも変わらなかったから、死んだと分かるまで少し時間がかかった。
体を海に還してやりたくて拾い上げようとした。が、手の形のアイコンは空を握るだけで横たわるシーマンの体に触れることもできなかった。
最初からこうなるようにプログラムされていたのだと、そういうゲームなのだと、頭では分かっている。
ただ何も動くものがいない水槽の中で、空を握り続ける手の音が耳について、その日は電源を切った。
「そ・・・か」
生き物は死ぬ。
生れることも、生き延びることも、奇跡に思える程のひ弱さで。
しかし、転んでもタダでは起きないしぶとさを、持ち合わせているのもまた生き物。
「悟空、ほら卵が」
砂の上に並んでいた半透明の卵がぷるぷると震えたと思うと、はじけて幼魚達が飛び出した。
「すげーっ、俺こんなん初めて見た」
画面にへばりつく悟空に、幼魚はそっけなく尾ビレをふる。
『こんなもん生きてりゃ何度でも見れるだろ』
命は続いていく。一つ一つは全く別の存在ではあるけれど、確かに知識と想いを受け継いで。
姿も心も変えながら、それでも前へと進んでいく。
『準備はいいか、野郎ども』
しかも増えたりなんかする。
「どーすんだよ。四匹も孵りやがって」
「しっかり面倒見てくださいね。飼い主さん」