倦怠期

 

by 眠林

 
 
うららかな午後3時。居間のテレビではワイドショーが流れている。八戒はさっき洗濯物を片付けてしまったので、今はテーブルに肘をついて茶をすすりつつせんべいをかじっていた。俺はソファに寝っころがって、今夜稼いだ後でどの女と楽しんでいこうかと色々算段をしていた時の事だ。

「ねぇ、悟浄」
「あーん?」
「僕らが同居を始めて、もうそろそろ3年になるんですよねぇ」
「あ~」

そこまで話したら、今度は妙な沈黙。まあ、雨が降ってるときとか、ぼんやりしてる時のこいつには珍しい事じゃない。そう思って、俺がまた楽しく空想に耽りだした頃、また、八戒が呟いた。

「ねぇ、悟浄」
「あん?」
「1つ伺いたいんですけど」
「あ?」
「……浮気って、そんなに楽しいんですかぁ」

がたたたたんと音を立てて俺はソファから転げ落ちた。

「なななな何を言いだすんだお前は」
「いえ別に、なーんとなくなんですけど」

はっと気付いてテレビの画面を見てみたら、『3年目が注意!。恋人・夫婦を襲う、倦怠期の罠』とテロップが。うーわーー。どーしよ。気がつかなかった。

「ほら、僕って真面目じゃないですか。花喃と暮らしてた頃だって浮気なんて考えもしなかったし、周囲に面白い面白い言ってる男共は居ましたけどそんな奴らの話なんて興味がなかったし。今になってまあ、貴方に聞いてみたら、ちょっとは判るかなぁと」

怖ーーい怖い怖い怖い。誰か助けろ。いや助けてください。こいつ、にこにこしてる時がいっちばん怖えんだよ。笑わなくなった時の方がいっそ、余裕がない分だけ読みやすいし御しやすい。さっきのぼんやり口調も演技だったんじゃないかって気がしてきた。そうでない証拠がどこにある?。

真っ青になっているであろう俺の顔を覗き込んで、八戒はとてもとても奇麗に、にっこりと微笑んだ。見蕩れてる場合じゃない。この時点で奴の手が俺の首にかかったら、俺はショック死する。

「嫌だなぁ、別に他意は無いですよ。男同士なんだし、お互いの生活には必要以上に干渉しないって、同居する時に決めたじゃないですか」

んなこと信用できるか。こいつが必要だと思ったら必要事項だ。食うものも着るものも女の子とのお付き合いも、一度こいつがどうこうしようと思ったら、絶対にする。やれる。3年の同居生活で、俺は身に染みてわかった。

「ですからちょっと、悟浄に聞いてみたら面白いかなぁって思ったんですよ。別に、僕はする気はないですから大丈夫ですよ、浮気なんて」

いや、してください。でないと俺が安心して出来な…………あ。でもちょっと嫌かも。うーわーー。こいつどんな顔して女なんか抱くんだろう。いや、相手が男の場合でも想像できない。俺も男だけど。うわ、腹立ってきた。どーするよ、俺。こんなに心狭いはずはなかったんだが。

「まあ、皆が騒ぐほど大したもんじゃないんじゃ無いかと思いますけどねぇ。……あ、僕、そろそろ夕飯の仕込みに入りますから、もし雨が降ったら洗濯物とりこんで置いてくださいね。頼みましたよ」

言うなり奴は、さっさと台所へ行ってしまった。
俺は転げ落ちたソファに、何とかもう一度よじ登って、心の底からほっと息をついた。
3年目が倦怠期だなんて誰が言いやがったんだ。何かの拍子に未だに出てくる、出会った頃そのまんまのあの緊張感と不安定さはどうだ。



世の中の倦怠期のカップル全てに言いたい。
お前らの方が、よっぽど幸せだ。贅沢を言うな。

来るなら来てくれ、倦怠期。