誓いの剣 ~ カタートにて ~

 

by 眠林

 
 
「………そのあなたが、今更僕に向かってそんな事を言うんですか?。」
優しげにすら見える表情で、ゼロスは微笑んだ。
リナの体が、グラリとゆれた。
抱きとめたガウリイの腕には、体の震えとともに、彼女の動揺が痛いほど伝わってきていた。



人間と神族がカタート山脈に攻め入って数日目。
リナとガウリイは、やはり最前線で、下級、中級の魔族を次々と倒していった。そして、お互いに何も言わなかったが、予感はしていた。いつかは「あいつ」と戦うことになるだろう……と。

「ゼロス………。」
数年ぶりに見るその姿は、全く変わらない。あのニコニコ顔も昔のままだ。
さすがに息を呑むガウリイとリナに、「年を取らぬ魔族」は慇懃に礼をする。
「相変わらずですね。お二人とも、お元気そうで何よりです。」
「あんたも相変わらず嫌味な奴ね。今度は、あたしたちはあんたの敵よ。」
「もちろんです…。でも、でも、けっこう僕は楽しみにしていたんですよ。あなたがたが、生きてここまで辿り着くのを…。」
「そっちが楽しかろうと何だろうと、こっちは勝手にやらせてもらうわよ。この世界をあんた達に滅ぼさせるわけにはいかないわ。」
リナが呪文詠唱に入る。ガウリイはさりげなく彼女の前面に出て、剣を構える。
しかし、ゼロスは物理的な攻撃を繰り出しては来なかった。かわりに投げかけたのは、言葉………。
「世界を引き換えにしようとしたあなたが、今更そんな事を?。」
ゼロスは手をさしのべた。
「覚えていないんですか?。サイラーグで、冥王様の前で、貴方が何をしようとしたか…。」
リナの紡ぎ出すカオスワーズが、ぱたりと止んだ。驚いて振り返ったガウリイの目に、打たれたように立ち尽くすリナの姿が映った。
「あの瞬間、あなたはあらゆる人間の未来を否定したも同然でしょう?。これから新しい一歩を踏み出そうとしていた者、あるいはまさしくあの瞬間にこの世に誕生した者、すべての者の未来を。」
リナは顔を覆った。ゼロスが微笑む。
「そのあなたが、今更僕に向かってそんなことを言うんですか?」
声を上げる事もできず、彼女はガウリイの腕の中に倒れ込んだ。



リナの体を抱いたまま、ガウリイはゼロスを真正面から見据えた。
「ゼロス……、1つ教えてくれ。」
「……何でしょう。ガウリイさん。」
ゼロスは極上の笑みを返す。当然だろう。この場は、彼にとってもっとも美味な感情で満ちている。
「リナは……自分の意志で、ギガ=スレイヴを唱えたのか?。」
「もちろんです。あれは、『操って唱えさせる。』なんて事は、不可能なほど大きな呪文です。リナさんはご自分の意志でギガ=スレイヴを唱えたのですよ。」
リナがびくりと肩を震わせた。ゼロスはガウリイに向けて、にやりと笑った。
「あなたを助けたい………、その、一心でね…。」
ぎりりっ、と、ガウリイは歯を食いしばった。そして、震えるリナの体をそっと脇によけ、ゼロスに向かって一歩踏み出した。
「そうか……、お前さんのおかげで、ようやくオレのやるべきことがわかったぜ。」
リナが、はっと、顔を上げた。
「つまり、あの時オレを助けようとしたことが、リナほこんなに苦しませるんだな……。」
ガウリイは、もう一歩踏み出す。リナはようやく声をしぼり出した。
「ガウリイ………だめ……。」
「オレの存在が、リナを戦えなくするのなら……。」
更に一歩。そして、剣を逆手に持ちかえる。
「ガウリイ!。お願い!、やめて!!。」
「やるべきことは、ただ一つだ!!。」
逆手に持った剣を高くさしあげると、ガウリイは、力をこめて、己の体に突き入れる!!。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!。」
リナの絶叫が響き渡り、そして、彼女の髪が金色に輝いた。



…あたりを満たした金色の光が静かに引いて行った後、ガウリイは自分の両手を呆然と見つめていた。剣は……無い。刃が彼の体に触れる直前、何かに飲み込まれるように消え失せた。リナが、彼の背中にすがり付きながら、涙混じりの声で叫んでいた。
「嫌よ!。嫌よ嫌よ!!。あたしがあんたに生きてて欲しかったんだから!。ガウリイに生きてて欲しくてやった事なんだから!。そのあたしに断りもなく自害するなんて、絶対ゆるさない!!。」
背中で泣きじゃくるリナに、ガウリイは困ったような驚いたような表情で振り返った。
何か答えようと、声をかけようと、言葉を探しあぐねている間に、ゼロスの声がした。
「これが…リナさんの『力』ですよ…。無意識のうちに開放すれば、これだけの事をやってのけるのが…。」
そこまで言うと、ゼロスは、がくりと膝をついた。見ると、彼の胸の中央には、さっきまでガウリイが持っていた剣が、深々と突き刺さっていた。
「ガウリイさんの剣を、…アストラルサイドに飲み込んで、そこから、…その剣で僕を貫くなんて…人間技では、不可能です。」
ざわり…と、音を立てて、ゼロスの胸の穴が広がった。
「『あの方』の……、力ですよ……。」
ガウリイとリナが息をのんで見つめる前で、虚無に内側から食い尽くされながら、ゼロスは苦しげに笑った。
「……それから、……ガウリイさん。リナさんは…あなたなしでは、人間では居られません。」
更に穴が広がり、ゼロスの右の肩と腕が、溶け落ちるように胴から離れて塵になる。
「でも、あなたは……、彼女の暴走のきっかけにも、なり得るのです。」
カラン…と、錫丈が地に落ちて…、かき消える。
「あなたは………、『諸刃の剣』なんですよ……。」
リナはきつく目を閉じて、ガウリイの胸に顔を埋めた。
ガウリイは、リナの肩を抱き、ゼロスを睨みすえる。
「……この、強大な力を……、あなた方はいつまで…、制御していけるでしょうね………?。」
ゼロスは、最後にもう一度、にっこりと微笑んだ。そのまま、体全体がゆらりと揺らめいて、いつも人の良さ気に細められていた目が、焦点を失う……。
「……………………………………ゼラ…ス…さ……」
最後まで口にする事ができずに、「五人の腹心」に次ぐ最強の魔族は、黒い霧になって四散した。



ガウリイは、震えるリナの体を、もう一度そっと脇によけると、さっきまでゼロスの居た場所に落ちていた、自分の剣をゆっくりとひろいあげた。
そして、立ち尽くすリナの、細い、華奢な体を、何も言わずに、きつく、……きつく抱きしめた。

魔王を封じたカタートの頂だけが、二人を静かに、見下ろしていた………。