by 眠林

 
 
「人の身で可能な限りの魔道を極め、あまつさえ魔王様を倒しておきながら、結局、生物の営みに帰っていくんですねぇ」
黒い法衣が春の風に翻る。
ゼフィーリア王都のゼフィールシティ。そこで今日執り行なわれているのは、何やら王族まで招かれた盛大な結婚式である。赤毛の花嫁と金髪の花婿を彼方の樹上から見下ろして、ゼロスは呟いた。
『生物は生殖によって子孫を残す。生殖とは、肉体の一部に終結した魔力を生命エネルギーに変換し、新しい生命体を創造することである…』………何時だったか、どなたかに向かって説いた摂理でしたねぇ…」
今日の花嫁の目の前で言おうものなら、直ちに神滅斬でさっくりやられかねない台詞を、彼は些かの感慨と共に吐き出す。
人間でありながら生物の限界を超えようとしたものを、彼は数限りなく見てきた。大半は自滅し、残る僅かの場合も彼自身の手で握り潰してきた。
「そもそも生命のエネルギーとは魔力が変換されたもの。つまり、全ての生命活動そのものが、魔法と何ら変わらないものを…。まあ、気付かずに死んでいった方々にはお気の毒ですが、所詮、物質世界の生命体には理解し得る真理ではないのかも………」
彼は、ふと、そこで言葉を切ると、頭上にゆれる無数の淡い影に向かって手を差し伸べて微笑んだ。
「…ああ、失礼致しました。あなた方はご存知でしたね…」
舞い踊る薄紅の花々。春霞と見まごうばかりの幾万の花弁が、その言葉を肯定するかのように降りかかった。そして、その生命を燃やし尽くしてなお余りある、淡紅色の魔力。獣神官の黒衣すらその力に圧倒されて、わずかに輪郭が薄墨に滲む。
「いえいえ、今日は仕事をする気はないのですよ。ですからあなた方も僕なんかにお構いなく…」
ゼロスは視線を転じて、彼が唯一阻止し得なかった『超越者達』………沢山の祝福を受けて、照れくさそうに笑う若夫婦を指し示した。
「…あなた方の流儀であの方々を祝福して差し上げて下さい。祝いの席に招かれぬ僕はこれで退散させていただきますから」
苦笑しつつ一礼すると、花吹雪の中の黒い影はゆらりと音も無く消え去った。
それを見届けるかのように揺蕩っていた花びらは、やがて、春風に乗って祝いの席へと穏やかに舞い下りていった。