そして4月の夜はふけて

 

by 眠林

 
 
桜の花の咲き誇る季節、日付も変わって久しい深夜であった。
ある、中高大一貫教育の学園の敷地内で、一台の車が、満開の桜の木の下に、静かに停まった。
ドアが開いて降りてきたのは、浅黒い肌の男子学生である。
彼は周囲を見回すと、誰もいないのを確かめ、すばやく植え込みの中に潜り込んだ。
しばらくやぶの中を直進して、1つの窓の下にたどり着く。
「解除(アンロック)」
カチリと小さな音がして、窓のロックが外れる。
手を伸ばして、そっとガラス戸を開けると、軽く「浮遊」をかけて、部屋の中に飛び込……………
「よぉ、ゼルガディス。」
………………どがしゃあっ!!!!
「うわー、派手なリアクションするなー。お前も。」
「ガっガウリイ…。どーーしてお前がここにいるんだ?!!。」
「いやー、体育部の連中とトレーニングしてたら遅くなっちまってさー。
リナんところはもう終わってる時間だし、どーせ夕飯作るなら、ここなら光熱費タダだから。」
どっと疲れた顔になったゼルガディスを尻目に、ガウリイは、後ろの棚から小皿とコップを出して、テーブルにおいた。
ここ、「ゼロス教授の研究室」には、作業台兼、談笑用の大きなテーブルがあったが、
今、その上にはカセットコンロとなべが置かれ、ぐつぐつと湯気を立てていた。
ただし、光源は、非常用のローソクだけ。
「…こんな薄暗い所で、なべなんかするんじゃない(怒)」
「だって、明かりつけたら、忍び込んでるのばれちまうじゃないか。」
「……ちょっとまて。そーいえば旦那は、どこからここに入った?。」
「ドアから。」
「カギかかってるはずだぞ。どーやって!?。」
「ああ、ドアのカギなら、針金であくぜ。」
ずべべべべーーーーーー。
再びずっこけたゼルガディスに、ガウリイは「のむか?」と、傍らの一升瓶を指した。
無言で差し出されたコップに、片手で軽々と酒をついでから、問い返す。
「…で、お前さんは、なんでここに忍び込んだんだ?。」
「工学部の新歓コンパに潜り込んで飲んじまった。車で来てるから、帰れん。」
「…あれ?、コンパ会場からここまでは?。」
「車で来た。」
「………(汗汗)、お前も無茶するやつだなー。」
ゼルガディスは返答せず、コップの酒に口をつける。
ガウリイも、自分のコップに手酌でつぎながら、話を続けた。
「大体、大学部に進学して、半月もたたないうちに「車通学」なんて、教授連があきれてたぞ。」
「ほっといてくれ。俺の唯一の趣味だ。」
ただし、ゼルガディスの場合、「唯一の趣味」というのは「メカ全般」であって、それに付随する物は、車だろうがバイクだろうがロボットだろうがコンピューターだろうが何でもアリだった。
実際、「魔法が専門で、メカは趣味」と言って、彼がゼロスの研究室に入ってしまった時、工学部の教授、学生が、皆、泣いて悔しがったという話は、ガウリイも耳にしていた。
「ふーーん。じゃあ、あーゆーのも趣味なのか?。」
「あーゆーのって何のことだ?。」
「アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン」
…ぶ!!!!
と吹きかけた酒をようやく飲み込んで、ゼルガディスは言い返した。
「あんなのと付き合ってる旦那に、言われたくはないぞ!!!。」
「あんなのって。」
「リナ=インバース」
「…いやぁ、オレって打たれ強いから、はっはっは。」
ほめてる訳じゃない…と、ジト目でにらみ返すゼルガディスのコップに、笑いながらガウリイは酒を継ぎ足した。
「しっかし、お前さんも大変だな。アメリアはお嬢様だから。」
「まあな。」
「いつまでもほっとくと、見合い話が来ちまうかもしれないぞ。」
「ふん。見合い写真なんかとるような男に、あいつの相手がつとまるもんか。」
「…………確かに。」
ゼルガディスは頬杖をつき、前髪で表情を隠したまま、ぶっきらぼうに言った。
「…何にしろ、この4年のうちには決着をつける。あいつを待たせるつもりはないさ…。」
「………………。」
あるかないかの風に、ローソクの炎が揺らめく。
しばらく、2人とも、無言でなべをつついた。


「…で、旦那のほうは、どうなんだ?。」
俺だけにこんな恥ずかしい事話させるつもりか?、という顔で、ゼルガディスはぼそっと言った。
ガウリイは、一瞬、困ったような顔をして答える。
「リナだって、アメリアほどじゃないが、ちゃんとした家の娘だからなぁ。オレみたいな馬の骨が、もらえるかどうか。」
「旦那がそんな弱気だと、オレは立つ瀬がないぜ…。」
「ははっ、違いないな。」
「大体、あそこの家なら大丈夫だろう。姉さん味方につけとけば無敵だぜ。旦那、気に入られてるじゃないか。」
「確かにそうなんだけどなぁ…。」
ガウリイは、遠い目をして考え込んだ。
自分の気持ちは、もうはっきり分かっている。リナを他の誰かに渡すつもりはさらさら無い。
ただし、それは、リナが望めばの話だった。
あの、元気で、自由で、はねっかえりなわがまま娘に、
自分の気持ちを押し付けて、しばりつけてしまう事をガウリイは恐れていた。
彼にとっては、「自分の気持ち」よりも、今のままの彼女を守る事の方が、重要だった。


「なぁ、ゼルガディス。リナって本当の所、オレの事をどう思って……。」
問い掛けて、向かいの席に目をやったガウリイは、ゼルガディスが机にうつぶせて眠ってしまっているのに気がついた。
彼は、苦笑すると、ほとんどカラになっていた、なべと食器を、流しで音を立てないように洗い、
棚からひっぱりだした毛布を、ゼルガディスにかけてやった。
そして、ローソクを吹き消すと、自分も毛布にくるまり、ソファに横になって、目を閉じた。


窓の外では、いつのまにか散り始めた桜が、雪のように降りしきっていた。