待降節の昼下がり

 

by 眠林

 
 
中間テストも終り、年の瀬も押し迫ったある日の事である。
すっかり葉を落とした窓の外の木々をながめながら、リナは何度目かのため息をついた。
「ふ――――――――――――――」
彼女の傍らには、空になったランチ用の大皿が、今日は三枚“しか”積み上がっていない。
「リナさーーん。食欲無いんですかぁ??」
向かいの席でデザートのケーキをつまみながら、心配そうにアメリアが聞いた。
「ん――――――――」
相変わらず、リナの返事は上の空だ。
外は木の葉が舞い散るばかり、学食の中は人影もまばらである。
彼女たち二人は、学内では十指、いや五指に入るほどの有名人で、普段はファンやら追っかけやら観察部隊やらで、いつも周囲は騒がしい。リナに至っては、学祭で「アリス」の扮装をして以来くっついている怪しいストーカーまで居たのだが、この日は珍しく、静かな昼休みを過ごしていた。
「リナさんが悩み事なんて、柄にもな…………いえ、あのっっっ!。…………何でもないですっっ!。ナ、ナイフを置いて下さい――――!!」
「うっさいわねぇ。あたしだって考え事くらいするわよ」
「じゃあ、何をそんなに考えなきゃならないんですか??」
リナは握り締めていたナイフを置くと、再び頬杖をついて窓の外を見た。
「もう、二学期も後半なのよね…」
「はい…」
「十二月も目の前なのよね……」
「はぁ……」
「十二月って言ったら、クリスマスなのよね…………」
「…………」
「う~~~~~~~~ん………………」
「………ガウリイさんへのプレゼントで悩んでるんですね」
…ぐらがしゃがったん……ごん!!。
「どどどどどーしてそーゆー展開になるのよ――――――!!」
「じゃあ、違うんですか??」
「…………ぐっ」
「リナさんったらーー。一人で悩んでないで、相談して下さいよねっ」
「そんな恥ずかしー事できないわよっっっ!」
そうは言ったものの、実はリナは担任の女教師には既に相談していたのである………恥を忍んで。ガウリイの先輩にあたる彼女は、しかし、にこにこ笑うだけで教えてくれなかったのだ。
「やだぁ、リナさん照れないで下さい♪」
言い返す言葉に詰まって、リナは必死に反撃する。
「じ、…じゃあ、アメリアは、もうゼルに何上げるのかなんて決まってんのねぇぇ??」
その言葉に、アメリアは天をあおいで嘆息した。
「まだなんです~~。ゼルガディスさんって、ほしい物はいっぱいあるはずなんですけど、聞いてみても『何でもかまわん』って言うばかりだし、機械とか車の事なんて、私、よく分からないし………。リナさんーー。どうしたら良いんでしょう??」
「………あんたもよく、あんなクラい男と付き合ってるわねぇ」
「ゼルガディスさんは暗くないですっっ!!。ただ、ちょっと趣味がマニアックなだけです!!」
「………………あ――、分かった分かった」
勝手にやっててくれ…と、いった態のリナを、アメリアは横目で見る。
「リナさんだって、学祭中はずいぶんかいがいしくガウリイさんの世話をやいてたじゃないですか。もう、四六時中一緒って感じで」
「あれはねーーーっっ、見張りよ見張りっっ!!。去年の学祭の時はゼミの人たちと飲みに行って、記憶が無くなって送ってもらってたんだからぁっ!。しかも、女の人によっっ!!」
「…………………いくらガウリイさんでも、あの人より先につぶれるのは仕方ないと思います」
「………………………あたしもそー思うわ」
大学部のガウリイと一緒のゼミのある女性は、酒豪で有名だった。
実は今年も、ガウリイはリナに内緒でゼミ仲間と飲みに行き、結局つぶれて帰ってきているのだが、「あいつにだけは内緒にしてくれ」と、皆に泣き付いたのである。
「でも、リナさんも悩みますよね。ガウリイさんってあんまり“自分の希望”って言わないし……」
「うん………」
「……………」
二人は窓の外に目を移し、黙り込んだ。
リナは、今のアメリアの言葉を反芻する。確かにガウリイは、普段、自分の望みをほとんど口にしない。まぁ、「食い物を取るな」とか、「あまりどつくな」とか、どーでも良いような事は言い合ってるけど。一緒に居る時は、いつも、にこにこ笑って自分を見ているだけのような気がする……………。
「…あいつは、あたしに何をして欲しいんだろう」
口に出して言ってしまったのに気付き、リナは赤面した。アメリアの方をうかがうと、彼女は、学食の入り口に止まった緑のストラットスに気がついた所で、それどころではないらしかった。
「あ、あの…、リナさん、私そろそろ………」
「はいはい、行ってらっしゃい。またね、アメリア」
いそいそと席を片づけて車の方へ駆けていくアメリアに、リナは手を振った。つい、今しがたまで話題にしていた「マニアックな趣味の暗い男」が、アメリアを出迎えるのを苦笑して眺める。彼が先日、耳まで真っ赤にしながら、叔父の秘書の女性に相談事をしていたのをリナは知っていたが、それをアメリアにバらしてからかう気にはなれなかった。
リナは彼らを乗せた緑色の車が走り去っていくのをぼんやり見送って、また、つぶやいた。
「…あいつは…………、何が欲しいんだろう………」

彼女の恋人を乗せた青いバイクが、枯れ葉を蹴立てて駆けつけるのは、もうしばらく後の事である――――。