約束

 

by 眠林

 
 
「…やっぱり行っちゃうんですか?。ゼルガディスさん…。」
「ああ。世話になったな。」

朝もやの立ち込める早朝。セイルーンの王宮の裏門に、2人は立っていた。
ダークスターの召喚を阻止して約1ヶ月。ゼルガディスは、あの時のアメリアの言葉どうり、2週間ほどの間、セイルーンの王宮に、客人として滞在していた。
彼の前歴と容姿に、眉をひそめる者も少なくはなかったが、フィルさんの
「彼はアメリアの客だ。無礼は許さん。」
の一言で、少なくとも表立ってどうこう言う者はなく、ゼルガディスは、そこそこ快適にすごせていた。
そして、フィルさんの協力で、王宮内の秘蔵の文書類まで見せてもらえ、自分のからだを元に戻す方法を調べる事が出来た。
しかし、セイルーン王宮の文書館を調べ尽くしても、彼の求める物はなく、それが分かった日、ゼルガディスはアメリアに告げたのだ。
明日、旅立つと。


「今度はどこへ行くんですか?。」
「さぁな。まだ、決めてない…。…親父さんにも、ずいぶんよくしてもらった。よろしく言っといてくれ。」
「……はい………。」
アメリアはうつむいた。彼がずっとここに居られないのは、分かっていた。いつか、また、旅立っていくだろう事は、充分承知していた。
でも………。
「…………て行って……。」
「ん?。」
「…つれて行って…!。私も!!。つれて行ってください!!!。」
顔を上げたアメリアの目に、涙が溜まっている。
ゼルガディスは、一瞬目を見開き、そして、ため息をついた。
アメリアが旅装で見送りに来た理由を、彼はやっと理解した。
「…ちょっと、場所を移そう…。」
早朝とはいえ、人通りが無い訳ではない。
一国の王女が旅の者と2人きり、しかも、彼女が泣いているなどと言う状況を、他人に見られたら大事だ。
ゼルガディスは、しゃくりあげるアメリアの手をひいて、裏門の近くにある丘へ上っていった。


丘の上は人気が無く、小鳥の声だけが聞こえていた。徐々に太陽が昇り、霧が晴れていく。
ゼルガディスはアメリアを草の上に座らせ、自分もその隣に腰をおろし、彼女が落ち着くのを待った。
しばらくして、アメリアがようやく泣き止んだ頃、彼は、前を向いたまま、ぼそりといった。
「アメリア、1度しか言わんから、よく聞いてくれ。」
「………は…い……。」
「俺は今まで、もとの体に戻る事だけを考えていた。その先の事は何も考えていなかった。
だが、今は違う。俺は必ず人間に戻る。そして、人間のからだになってから、セイルーンにお前を迎えに来る。
それまで、待っていて……………わあっ!!。ちょっと待て!!、アメリア!!。」
ゼルガディスが振り向いた時、そこには、彼の方を真っ直ぐ向いて、また、大粒の涙をポロポロとこぼしているアメリアの顔があった。
「セイルーンを出る。」と言って、泣かれるのは覚悟していたが、
「待っててくれ」と言って、泣かれるとは、思ってもいなかったので、ゼルガディスは慌てふためいた。
「たのむっ!!。たのむから泣き止んでくれ!!。お前さんが泣いてると、俺は困るっ!!。」
「…え……あ、…は、はいっ!。ち…ちょっと…待って…。ちょっと待ってくださいっ。」
アメリアは、ごしごしごしごしと目をこすって、呼吸を整えた。
そして、困り果てた顔をしているゼルガディスの方を向いて、今日、初めて、にっこりとわらった。
「ありがとう。ゼルガディスさん。」
「…ん?。」
「あたし、すごくうれしかったんです。つれていってくれるより、ずっとうれしい。」
「…そうか?。」
「はい!!。」
「待ってるのは大変だぞ。いつ、迎えに来れるか分からんからな。待つ間に、縁談が来ちまうかもしれないぞ。」
「断ります!!。」
「お前さん、一応、王族だろう……。いいのか?。」
「いざとなったら、とーさん殴り倒してでも断ります!!!。」
ゼルガディスは苦笑した。
「確かに…、世界広しといえど、俺の事を待ってられる女は、お前さんくらいかもしれないな…。」
「その通りです!!。」
びしぃぃっ!!、と、人差し指立てて、決めポーズをつけるアメリアを、ゼルガディスは眩しそうに見上げた。
そして、自分もゆっくりと立ち上がる。
「さて、そろそろ出発させてくれないか?。もう、ずいぶん日も高くなっちまった。」
「はい!。あ、ちょっと待って、ゼルガディスさん。」
アメリアは、ゼルガディスに走りよると、自分の左手のブレスレットを外して、彼に手渡した。
「持ってってください。」
「いいのか?。お前さんが困るだろう。」
「いいんです。私はしばらく、セイルーンを出ませんから。」
「?」
首をかしげるゼルガディスに、アメリアは、にっこりと微笑んだ。
「だって、ゼルガディスさんが迎えに来てくれた時に、私がセイルーンに居なかったら困るじゃないですか。
だから、私がまた旅に出るのは、それを、ゼルガディスさんが返してくれた時です。」
「……そうか……。」
ゼルガディスは、手の中のブレスレットに目を落とし、大事そうに、握り締めた。
「…じゃ、これは、しばらく借りてていいんだな。」
「絶対なくさないでくださいよっ!!。」
「もちろんだ。……それじゃ。」
ゼルガディスは歩き出した。少し行った所で、アメリアが呼び止める。
「…ゼルガディスさん!!。」
「…ん?。」
「あの……!いってらっしゃい!!。」
「…ああ!!。行ってくる!!。」
手を振ってから、丘を下りていくゼルガディスに、アメリアはもう1度だけ呼びかけた。
「おみやげ待ってますからねーーーー!!!!。」
こけけっ、と、彼がこけたのを見て、アメリアは、うふふと笑った。
下の街から、朝の喧騒が風に乗って聞こえてくる。
アメリアは、風に吹かれながら、白い後ろ姿がどんどん小さくなるのを見送った。

キメラを元に戻す方法が本当に存在するのかどうかは、彼女にも分からない。
外の世界とも行き来できるようになった今、彼は、地の果てまでもそれを探しに行くのだろう。
そして、キメラである間は、彼の寿命は、人間と同じとも限らない。
だから、彼が「迎えに来る」 のが、自分の縁談どころか、寿命にも間に合わないかも知れないことを、彼女は知っていた。
でも……、あの、孤独を好む、人嫌いなゼルガディスが、自分に「約束」してくれたのだ。
「必ず、迎えに来る」と………。
アメリアは、それだけで幸福だった。
自分は、ただひたすら、ここで、「待って」いれば良いのだ。
彼に課せられた試練と比べれば、何と簡単な事だろう!。

小さくはためいていた白いマントが、道沿いに森に入っていく。
その姿が、すっかり見えなくなってから、アメリアはゆっくりと振り返った。
そして、人通りの多くなってきた、城の裏門に向かって、軽やかに駆け下りていった。