ゼロス先生の憂鬱な午後

 

by 眠林

 
 
「あら?、ゼロス先生。今日は出張じゃなかったんですか?。」
「……は?」
考え事を中断されたゼロスは、慌てたように手をぱたぱた振って答えた。
「……あ、い、いや。今日のはいーんですよ、フィリアさん。研究会といっても、実は学会仲間の飲み会の方がメインなんですから。勤務時間後についたって、用は足りるんですよ。」
「まぁ、そうなんですか。でも、さっき、おたくのクラブのゼルガディスくんが教室の使用許可をもらいに来ましたよ。彼はいいとしても、アメリアさんあたりにみつかると、『先生ズル休みだーーーっ』って騒がれますよ。」

確かに、ゼロスが不在な(事になっている)今日は、学生だけで彼の研究室は使えない。
もっともそこはそれ、抜け道はいくらでもあって、深夜、帰宅しそびれたガウリイやゼルガディスが窓から入り込んで簡易宿泊所にしているのも、その際、フィールドワークの時に持っていくカセットコンロですき焼きをするのも、実験用の冷蔵庫に酒を隠してあるのも、ゼロスはぜーーーんぶ知っていたが。
しかし、さすがに、女子高生コンビもいる正規のクラブで、それをやる訳にもいくまいし、ならば、教室の使用許可をもらいに、誰かが事務のフィリアの所に来るのは充分考えられる事だった。事務室と教官室は同じ棟にあり、何よりもゼロスは、アメリアにだけはバレてほしくなかった。
………彼女の「説得」が死ぬほど苦手だったのだ。


「……ははは(汗)…、ここでサボってるのは、失敗だったかもしれませんねぇ。」
「はい?。」
「…あ。いやいや(汗汗)、まぁ、そろそろ出ますよ。すいませんねぇ、ご迷惑かけて。」
アメリアに輪をかけてまじめな(カゲキな)フィリアに、説教くらったらたまったものではない。ゼロスは、あいまいに返事をして、しかし、再び腕を組んで座り直した。

「……しかし、困ったもんですねぇ。」

気になる事があった。
実は、昼間、リナと級友の話を立ち聞きしていたのだ。







ゼロスの担当するクラブには、今、4人の学生が在籍している。
リナとアメリア、2人の高等部の女子生徒と、ガウリイとゼルガディス、2人の男子大学生。
こういう年齢性別配分になったのは偶然だったが、彼は気に入っていた。
面白いからである。
いつのまにか、上手い具合に2対2のカップルに収まってしまい、お互いに、自分たちの事は棚に上げて他方のカップルの心配をしているのもほほえましい。
何より、4人集まると、掛け合い漫才と、どつき漫才と、夫婦漫才を足して3を掛けたような応酬が、何より笑えた。
(それでいて、根は結構シリアスに悩んでいたりするんですよ)
大雑把なようでいて抜けめの無いゼロスの事、担当する学生の心情など、何から何までお見通しである。

一方のカップル、ゼルガディスとアメリアは今の所平穏だ。
意識しているのかいないのか、アメリアは何に関しても無邪気だし、ゼルガディスのことだから卒業までには自分で何とかするだろう。
問題は、もう一方であった。

「ガウリイさんも大変ですねぇ。」

クラブ最年長のあの男は、一見ぼけているようだが、実は、なかなかに大人だ。
もう、ずいぶん以前から、しっかりと自分の気持ちを見定めていて、リナの気持ちが目覚めるのをじっと待っている風だった。おそらく、卒業をきっかけにして、何かモーションを起こすだろうとゼロスは読んでいた。
しかし……。リナは今日、いやおうなしに意識させられてしまっただろう。しかも、ガウリイにではなく、他者の言葉によって。
その上、ややこしくなりそうなのは、リナ自身が自分の気持ちを認めようとしていないのだ。きっと今ごろ、らしくもなく、うじうじと悩んでいるに違いない。


「…まったく。リナさんも、あれくらいの事、自分で何とかしていただかないと困ります…」

几帳面に整理されたゼロスの机の上を、ため息が流れていく。
リナが悩む(!!!!)などという状況も、それはそれで興味深かったが、あの、嵐のようなぼけと突っ込みのテンポが乱れるのは、ゼロスの本意ではなかった。大体、クラブ内の雰囲気に支障が出る。
そしてゼロスは、普段から、みどころのある学生しか相手にしない、わがままな教師であったので、「指導」とか「助言」とか「援助」とか「支援」とかを乱発するお約束な先生の役だけは、死んでもやりたくなかった。




「まぁ、僕まで悩んでいても始まりませんね。しばらくは様子を見させてもらいましょう。」
1つ伸びをすると、すでに側においてあった鞄をとって、ゼロスは立ちあがった。
教官室は、もう、人影もまばらである。外はすごい夕焼けだ。
彼は、鞄を小脇に抱えたまま卓上のスモールミラーでネクタイを直すと、赤く染まった部屋を横切り、出勤表の名札を裏返した。
そして、のんびりとした足取りで、愛車の待つ駐車場へと歩いていった。