16小節のLOVE SONG

 

by 藤村香今/彩都

 
 
ある小春日和の昼下がり。
あたし宛に、一通の手紙が来た。
差出人の名は、リナ=インバース。
あたしが、あたし自身に宛てて送ったものだった。

確か昔、故郷で『未来の自分に手紙を書こう』という企画みたいなもんがあって。
まだ子供だったあたしも、面白半分で書いたような覚えがある。
書かれた手紙は全て、王宮の専用保管庫でちゃんと保管して、15年後に届けることになっていたのだ。
……ということは、もしかして。
この企画を立てたのは、ゼフィーリアの女王陛下自身だったんだろーか?

「……へえ、ちゃんと届いたんだ……」

古びた封筒は、ピンクの可愛らしい花柄模様で。表に書かれた宛名の文字も、一応丁寧に書いたつもりなんだろうが、どことなく稚拙でたどたどしい。
今のあたしとは全く違う、如何にも女の子らしい趣味に、思わず苦笑いなんかしながら。
あたしは適当に腰掛けると、そっと封を切り、中に入っていた手紙を広げた。

手紙は、こんな出だしで始まっていた。

『未来のリナ=インバース様。お元気でしょうか?
 もっとも、あたしのことだから。元気でないはずないだろうけど』

もっともらしい書き出しに、思わず噴き出しそうになりながら。
あたしは更に、続きの文章へと目を移す。

『あたしの究極の目標は、姉ちゃんと勝負して勝つこと……と思ったけど。
 あたしが強くなっても、姉ちゃんは更に強くなってるだろうから、
 大人になっても、やっぱり勝てないんだろうな。
 だから「姉ちゃんに勝てた?」という質問は、虚しくなるので止めておく』

既に勝負を諦めている辺り、かなり先見の明を持っていたのだと誉めてやりたい。
確かに。大人になった今でも、あたしは一度も姉ちゃんに勝てた試しはないのだ。
しかし、子供のくせに生意気なことを……あたし自身が書いたんだけど。

『で。あたしの夢は、立派な魔道士になって、世界中を旅すること。
 素敵な王子様かお金持ちと出会って、しっかり玉の輿に乗ること。
 もしくは大きな研究成果を出して、誰からも認められる人になること。
 未来のあたしは、どこまで夢を叶えていますか?』

便箋にはびっしりと、未来の夢が書き連ねられていて。
当時のあたしが思っていたこと、夢見ていたことが手に取るようによく分かった。
そういえば。どうしても魔道士になりたくて、父ちゃんや母ちゃんに一生懸命ねだって、姉ちゃんにも一緒に頼んでもらって。
魔法を習いに魔道士協会に通い始めたのも、ちょうどこの頃だったっけ。

魔法の持つ力の意味なんて、全然分かっていなくって。
ただ「いろんなことを知りたい、もっと強くなりたい」の一心で、魔道の勉強を続けていた。
勿論、そのこと自体は間違いではないけれど。
魔法を通じて世界を知り、いろんな目にも遭った今では。
そんな夢を語ることそのものが、如何にも子供だなぁ、とも思う。
もっとも。そんな小さな頃から、全てを知っていたりしたら。
夢も希望も持てなくなって、人生そのものもつまらなくなってただろうけど。

自分がやりたいこと、なりたいことを求めるのが子供。
自分がやれること、なれるものを見つけようと探すのが大人。
……そんな言葉を、いつか何処かで聞いたような記憶がある。
聞いたその瞬間には『何を馬鹿な』と思ったりもしたのだが。
今なら分かる。人が子供から大人になる間には、いろいろなことを覚えたり捨てたりするのだと。

知識を得ることは、ある意味では限界を知ることにも似ていて。
力を得るということは、同じだけの責任を負うことと同義でもある。

何も知らなかった子供の頃には、どんな夢でも理想でも描けたけど。
現実には出来ないことも多くて。諦めることや、妥協することも多くて。
どんな夢でも描けたあの頃が、少し羨ましくもある。
だけど。

『どこまで夢を叶えてるのか、今のあたしには勿論分からないけど。
 幸せには、なってるよね?』

この一文には、あたしはこう答えたい。
「勿論よ」と。

残念ながら、玉の輿には乗らなかったけど。
それなりの研究成果はあるけど、全然人前に出してないから。世間から「立派だ」と誉められることも、殆どないけど。
それでも。大切な仲間や友人を得ることも出来たし、大切な人と巡り逢ったりもした。
平穏とは程遠いかも知れないけど。なかなか波乱万丈な人生送ってるけど。
泣いたり怒ったり笑ったりしながら、充実した毎日を過ごしているもの。

子供の頃の夢や希望を諦めるのは、なかなか辛いことでもあるけれど。
それ以上に素敵な現実を見つけられたなら、それはそれで素晴らしいと思うから。
幸福なことだと、信じているから。

と、その時。

「おーい、リナ。何してるんだ?」

現実が……もといガウリイが、突然部屋に入ってきた。
こんなとこを見られたくなくて、あたしが慌てて手紙を隠すと。彼は心底不思議そうな顔をして、

「ん?今、何か隠したりしなかったか?」
「気のせいでしょ、気のせい」

あたしが笑って誤魔化しても、どうも納得してはいないようで。彼はしきりに首をかしげる。
が。それ以上追求することもなく、いつものように明るく笑って、

「そろそろ、メシにしないか?
 久々に思いきり身体動かしたせいか、腹減ってさぁ……」
「はいはい。じゃ、急いで支度するわよ」

急いで立ち上がろうとすると、ガウリイが血相を変えてあたしを止めて、

「お、おいおい。そんな急に動いたりすると、身体に悪いんじゃないのか!?
 無理しなくてもいいぞ。メシの準備くらい、オレにだって出来るんだからな」
「そんな、重病人じゃあるまいし……」
「いや、大事な身体だってのは変わらないだろ。
 無理して後で何かあったら、悔やんでも悔やみ切れないじゃないか」

心配を絵に描いたような表情をして、ガウリイは懸命にあたしを止める。
そして。

「ここにもう一人、人間が生きてるんだからな。
 どんなに大事にしても、し過ぎるってことはないだろ」

幸せそうに目を細めながら。
最近目立ち始めたあたしのお腹を、その手で心底愛しげに撫でた。

そう。
今のあたしは、子供の頃に夢見た「玉の輿」には乗らなかったけど。
大切な人とめぐり逢い、二人で新しい家庭を築いている。
そして。冬が過ぎて春が来る頃には、家族が増えることになっているのだ。
男の子か女の子かは分からないけど、あたしとガウリイの血を引いた子供が。

あたしの中に居る新しい命は、どんな夢を見るのだろう。
あの頃のあたしのように、沢山の夢を胸に抱いて。沢山の悲しみや喜びを知って。
時には頭を打ちながら、懸命に生きていくのだろうか。

久々に、手紙でも書こうかな。勿論ガウリイには内緒で。
宛先に書くべき名前は、まだないけれど。生まれてきてもいないけど。
今のあたしから、未来の我が子へ。ありったけの愛を込めて。

「……出だしは、どう書こうかな。
 やっぱ、『お元気ですか?』と書くべきなのかな……?」

少し的外れな悩みを抱えつつ、あたしは未来へと思いをはせる。
その横でガウリイが、やはり怪訝な顔をしているけれど。今は教えないことにしよう。
やっぱり、照れくさいし。

手紙を受け取るこの子が、喜んでくれますように。
そんなことを、心の底から祈りながら。
取り敢えず夕食の支度に取り掛かるべく、あたしは椅子から立ち上がった。