森の中で見つけたものは

 

by wwr

 
 
ピピピッ。
頭の上を小鳥がとんでいった。
サラサラサラ。
遠くで小川のせせらぎが聞こえる。
「リナ…」
人里離れた静かな森の奥深く、ガウリイはひたっとあたしをみつめて言った。
「…あったか?」
「ない…」
はああっ。
あたしたちは、盛大にため息をついた。
「で、どうするんだ」
「どうするって、探すしかないでしょ」
「そだな…」
あたしとガウリイは、ふたたび草むらをかきわけはじめた。探しているのは、てのひらに乗っかるくらいの小さな包み。
それをアトラスシティに届けるというのが、今回のあたしたちの引き受けた仕事だった。
本来だったら、楽勝のはずだったのだが…。
「なあ、リナ」
「なによ~」
ガサガサと草むらの中から、ガウリイの声がする。
「おまえが、通りがかりの盗賊をしばきたおしたときには、あったんだよな?」
「うん」
「昼メシに山ほど魚釣って、食ったときもあったんだろ?」
「う、うん」
―つまらんことを、よく憶えてるやつめ―
「そのあと、木陰で昼寝したときにもあったんだよな?」
「う…ん」
のほほんとした声で、ガウリイがつぶやく。
「いったい、どこにいっちまったんだろうなー」
「だああっ!やかましいっ。だまって探しなさいよねっ」
そりゃ、あたしだってちょっぴり寄り道しすぎたかなー、とは思っている。
しかし、盗賊いぢめはまっとうな市民の義務だし、食べられるものを食べないというのは、人間失格とゆーもんである。
だいいち、お魚は、ガウリイだっておんなじくらい食べたはず…。
―あれ…―
ふいに物音が途絶えたことに気がついて、あたしは声をかけた。
「ちょっと、ガウリイ?」
返事は、ない。
「ガウリイ?どこよ」
あたりを見回しても、ガウリイの姿は見えない。
―あんの~脳みそクラゲ男は~―
「ったく、ちょっと目をはなすとこれなんだから」
とりあえずあたしは、ガウリイを先に探すことにした。
「ガウリイー。どーこー」
静まりかえった森の中、あたしの声だけが響いていく。
「おーい、ガウリイー」
呼ぶ声に応えるものはいない。
ひとり森の中を歩くあたしの胸の奥に、すこしずつ不安が積もっていく。
「ガーウーリィー」
「探し物かい?娘さんや」
「え…」
ふいに声をかけられ、あたしはキョロキョロとあたりを見回した。
「あ…」
少し離れた木の陰に、小さなおばあちゃんが、ちょこんっと座っている。
「呼んだ?おばあちゃん」
「ああ。探し物かい?」
「そうだけど…」
あたしは、そのおばあちゃんを、しげしげと見た。
色あせた黒いマント。首にかけたタリスマン。そして手に持った水晶球。
「おばあちゃん、ひょっとして占い師?」
「よくわかったのう」
少し日に焼けたしわくちゃな顔に、人なつっこい笑みを浮かべて、おばあちゃんは言った。
―ふつー分かるぞ―
「で、こんな人気のないところで、なにしてるのよ」
「なあに、あんたが探し物をしているようじゃったから、ちょいとお節介を焼きにな…」
「え…?」
―何者だろうこのおばあちゃん―
悪人には見えないけどなあ。それになんだか、なつかしいようなこの感じ。
「探しているものがあるんじゃろう?」
「う、うん…」
「それじゃったら…」
「ちょっとまったあ」
「うん?」
あたしは、きっぱりと言った。
「お金はないわよっ」
こけっ。
おばあちゃんは、後ろにひっくり返った。
「ちょ、ちょっとだいじょうぶ、おばあちゃん」
「ああ、大丈夫じゃよ。まったく、相変わらずじゃのう…」
「え?…」
「いいよ、占い料は探し物が見つかったら貰う。それでどうじゃね」
「まあ、そーゆーことなら」
―ま、いっか。見つからなかったら、ふみたおせばいいわけだし―
「それじゃ、この水晶球をみつめてごらん」
「これを?」
「ああ、そうして、あんたが探しているもの、あんたが欲しいもの、あんたの一番大切なものを思い浮かべてごらん」
「オッケー」
あたしは、さっそく水晶球を見つめた。
―もちろん、あの革の包み、う~んどこだどこだ―
水晶球の中で、くるくると光が踊る。
―やっぱりお宝も欲しいしなー、おいしいものもいっぱい食べたいし…―
やがて、水晶球にぼんやりと影が浮かび上がってきた。
―ん~?―
じっと目を凝らすと、それは人影のようだった。
長い金色の髪。戦士のよろいを身につけた、背の高い後ろ姿。
―だれだろ―
人影がこちらをふりむきそうになり、あたしは、身を乗り出した。
「わかったよ」
パチン。
人影は消えて、水晶球は元に戻った。
「あんたの探し物じゃよ」
「あ、ああ。そうだったわね。んで?どこにあるの」
「あんたの一番大切なものは、いつもあんたの後ろにあるよ」
「へ…」
あたしは、間の抜けた声で聞き返した。
「わからんかね。ほっほっほ」
楽しそうに笑うおばあちゃんの肩に、あたしは手を伸ばした。
「それって、どういう…え?」
あたしの目の前で、おばあちゃんは、すっと姿を消した。
「ちょっと、おばあちゃん!」
あわててあたりを見回したが、おばあちゃんの姿は、どこにも見えない。
―なんだったんだろ―
「まっいいか。タダですんだわけだし・・」
あたしは気をとりなおして、探し物を続けることにした。
―あんたの一番大切なものは、いつもあんたの後ろにあるよ。
―あたしは、おばあちゃんの言葉を思い出して、後ろを振り向き、そして、
「なあんだリナ、ここにいたのかあ」
能天気に手を振って歩いてくるガウリイを見つけた。
「なあんだじゃないでしょ。あんた一体どこにいってたのよ」
「いやあ、なーんか妙な占い師のばあさんに、つかまっちまってな・・」
「妙な占い師のばあさん?」
―ひょっとして、あのおばあちゃんか―
「で、何か言われたの?」
「ん~、なんだかよく分からんこと言ってたが、おれの一番大切なものは、」
「大切なものは?」
どくんっ。
なぜだか、胸が大きく鳴った。
「いつも、おれの前にあるってさ」
「前に?」
「ああ。それで、ず~っと前に歩いてきたら、お前がいたんだ」
「いたんだって…」
あっさり言ったガウリイの顔を、なぜかまともに見られなくって、あたしは下を向いた。
―なっなんでこんなにドキドキすんのよ。しずまれっ。あたしの心臓―
をや?
足元に落ちているあれは…。
「あったあ!」
あたしは、革の包みを拾い上げ、ガウリイに見せた。
「ほらっガウリイ、あったわよ」
「おおっ。こんなところにあったのかああ」
「さあ、早いとここれを届けて、報酬貰ってゴハンよおっ」
「よっしゃあ、メシだあっ」
ゴハンに向かって、走りだそうとしたあたしたちに、後ろから声がかかった。
「一番大切なものは、見つかったかのう」
「おばあちゃん…」
「ばあさん…」


いつの間にか現われた占い師のおばあちゃんは、ニコニコと笑いながら、問いかける。
「もちろんよ。ほらっ」
あたしは革の包みを見せた。
「ほっほっほっ。そうかい、それかい」
おばあちゃんは、とことことガウリイに近より、ひょいひょいっとロープでぐるぐる巻きにした。
「おいおいっ」
あわてるガウリイを引きずって、おばあちゃんは歩きだす。
「じゃあこっちは、貰っていくよ」
「ちょっちょっと待ってよ、どういうことよ」
あたしは、おどろいて後を追った。
「占い料じゃよ。いいじゃろ、あんたの探しているものは別のものなんじゃろうから」
おばあちゃんは、ずりずりとガウリイをひきずって、歩いていく。
―なんちゅうクソ力だっ―
「ガウリイッなにやってんよ。ふりほどきなさいよっ」
「んなこといっても、このばあさんすごい力でっ」
ふりほどこうとするガウリイを片手でひきずって、おばあちゃんは、歩みをとめない。
―え~い、仕方ない―
「シャドウ・ウェブ」
あたしの投げたナイフは、おばあちゃんの影を貫き、動きを封じる。はずだったのだが…。
「ほっほっほ」
ナイフは、まるでおばあちゃんの影に、おし戻されるように浮きあがり、地面にころがった。
―このおばあちゃん、ただの占い師なんかじゃない―
「おばあちゃん、あんた、まさか…」
―まさか、魔族?だとしたら…―
あたしは、胸によみがえる記憶に、きゅっと唇をかんだ。
あんな、つらい思いはもう二度と…。
ガウリイはあたしのっ…。
それを、『貰っていく』だとおおお。
ふっ、いい度胸してんじゃないの。このばーさん。
「ちょっとまちなさいよね!」
あたしの言葉に、おばあちゃんは、たちどまって振りむいた。
「あんたが何者であろうと関係ないわ」
「ん~?」
おばあちゃんは楽しそうに首をかしげる。
びしいっ!
あたしは、おばあちゃんに指をつきつけて言った。
「このあたしから、ガウリイを奪おうなんて、100万年早いわよっ!」
「へっ」
目をまるくするガウリイ。
「ほほう」
おもしろそうに笑うおばあちゃん。
二人に向かって、あたしは呪文を唱えはじめた。
「黄昏よりも昏きもの 血の流れよりも紅きもの …」
「ちょっとまてえっ。リナあっ」
あわててガウリイが止めようとするが、も~う止まらない。
「ドラグスレイヴ!…ガウリイっよけてねーっ」
「だあああああっっ」
ちゅどおおおん。
爆炎とともにふっとぶガウリイ。
―あのおばあちゃんは…―
あたしはすばやく周りを見回したが、どこにも見当たらなかった。


「いでででで…」
うめくガウリイを、大きな木によりかからせて、あたしはリカバリーを唱えた。
「だらしないわねえ。このくらいで…」
「おまえなあ、ドラグスレイヴが『このくらい』ですむもんかあ?」
―ふつーの人なら、すまんかも…―
「ごめんってば。でもちゃんと、よけてねって言ったじゃない」
「どーやってよけろっていうんだ、あの状況でっ。あだだだ」
「もう…」
リカバリーの優しい光がガウリイの体を癒していく。
「ああ…だいぶよくなったぜ。サンキュ」
いつもの顔でわらうガウリイに、あたしは、ためらいがちに話しかけた。
「あの…ね…。ガウリイ」
「ん~」
「あたしが言ったこと、憶えてる?」
「なんだっけ?」
「その…ドラグスレイヴの前に言ったことなんだけど…」
「あ~。忘れた」
ずぺっ。
こっこんの~。脳みそゼリー男はあっ。乙女のけなげな告白を、あっさり忘れやがって…。
一瞬はり倒そうかと思ったが、やめた。
―まあ、いいか―
あたしは、すこしほっとして、ガウリイに言った。
「どお、まだどっか痛む?」
ふっと見上げたあたしの目が、ガウリイの目と合った。
夏の空みたいに、深くて青い瞳
―ガウリイの瞳って、こんな色してたんだ―
なんか、初めて見た気がする。
いつも、あたしの後ろにあって、見守っていてくれる瞳。
「どうした。リナ」
ぽんっと、ガウリイはあたしの頭に手をおいた。じんわりと伝わってくるぬくもり。
振りむくと、そこに当たり前みたいにいて、安心させてくれる存在。
これがあるから、あたしは、どこまでも走りつづけることができるんだ、きっと。
「ガウリイ…」
じっと見つめていると、優しい青い瞳にすいこまれそうな気がして、あたしは、そっと目を閉じた。
「リナ?…」
頭におかれたガウリイの手が、うなじにかかり、そっとあたしを引きよせる。
丸ごとくるんでくれる安心感。そして、くちびるにそっと触れる感触…。
―いつか、どこかで、あったっけ…こんな感じ…―


そおっと目をあけると、ガウリイの顔が目の前にあった。
「あの…ね…ガウリイ」
「100万年早い、だっけ」
「え゛っ」
ガウリイの言葉に、あたしは絶句した。
「わ、忘れたんじゃなかったのっ?」
「いま思い出した」
「いま思い出した、って…」
あたしは耳まで真っ赤になった。
―いかん。このままでは、一生こいつに頭が上がらなくなってしまふ―
「やっとこれで…」
なにやら言いかけたガウリイに、あたしはぼそっとつぶやいた。
「忘れさせてやる・・」
「えっ」
あたしは、ひるんだガウリイにずいっとにじり寄る。
「忘れさせてやるうううっ!」
「まてっ、リナ。考えなおせええっ」
ちゅどおおおん。
本日二発目のドラグ・スレイヴが森に響きわたった。


「おーい、ガウリイ…生きてる?」
「にゃ、にゃんとか~」
「よしっ。んじゃ、ゴハンに向かってしゅっぱあっつ」
あたしは、ガウリイの腕を抱え、増幅板のレイ・ウィングで飛び立った。
「まったく、無茶しやがって…」
「ぶつぶつ言わないの。大体あんたが…」
「オレが?」
からかうような目をして、ガウリイが問いかえす。
―こいつ、まさか…―
「それより、とっとと町に行って、メシにしようぜ」
「そっ、そうね」
―まさか、ね―
あたしは、レイ・ウィングを加速して、一気に森を抜けた。
急に視界が開け、次の瞬間あたしたちは、一面の夕焼けの中を飛んでいた。
足元に広がるなだらかな丘。小屋に戻るひつじの群れ。それを追う子どもの声。
遠くに見える街の灯り。
それを目ざして、あたしたちは飛んだ。
「…まったく、いつになったら………かな…」
つぶやくガウリイの声を、風がふきけしてよく聞こえない。
「なあにー、なんか言ったー」
あたしは、大声で聞いた。
「いいやー、なんにもー」
ガウリイも、大声で返事をする。
背後の森が、みるみる遠ざかっていく。
あたしは、握った手に力をこめた。
だまって握りかえしてくれる確かな存在。
これがあれば、どこまでだって飛んでいける、そんな気がした。
あたしたちは、夕映えの空の中、風にのって飛びつづけた。
まだ見ぬ世界と、未来にむかって。