粉雪輪舞パウダー・ロンド

 

by wwr

 
 
4人がその村にたどり着いたのは、もう夕ぐれどきだった。
あちこちに焚かれた大きな松明。通りに並ぶ食べ物を売る屋台。
その間を着飾った村人たちが楽しげに歩いていく。
村の広場には、冬だというのに濃い緑の葉をしげらせた、大きな木が植えられ、金・銀・赤・青・色とりどりの飾りがきらめいている。
「お祭り、みたいですね」
「ああ、今日は聖クリスティアの日だからな…」
面白くもなさそうに、ゼルガディスが答える。
「ちょっと、ゼル。それホント?」
「ああ…。聖女だの、賢者だの、むやみにありがたがるなんざ、くだらんと思うが…」
「なんだぁ、その聖クリなんとかの日ってのは?」
「この地方出身の、聖女クリスティアの誕生を祝う日なのよ。よ~し、いくわよっ!ガウリイ」
「行くってどこへ?」
「ああっ、もう。い~い、今日は旅人にも料理だの、お酒だのが振る舞われることになってんのよ。つ・ま・り・タダで食べ放題ってわけ!」
「そりゃあいい。よしっ、いくぞっ!」
「GO!!」
食べ放題に向かって走りだしたリナとガウリイ。それを見送り、アメリアはゼルガディスに言った。
「私たちも早く行きましょう」
「ああ…」
あまり気乗りのしない様子のゼルガディスと、食べ放題に思いをはせるアメリアは、広場に向かって歩き出した。



「にぎやかですねぇ」
「…そうだな」
 笑いさざめく、にぎやかな人ごみの中をぬって、二人は歩いて行く。
それをひそかに追う、一人の村の少女がいることに、二人はまだ気づいていない。
「聖クリスティアの祝福を!」
 祭りのざわめきの中、ときたまその声がかかると、わあっと、ひときわ大きな歓声が上がる。
「あ、あれ何でしょう?」
「あれは、ツィゴイネルの芸人たちだ」
「ふうん…」
もっとよく見ようと、そちらに歩きかけたアメリアの腕を、ゼルガディスがつかんで引き寄せた。
「そっちに行くんじゃない」
「?…」
わけのわからないという顔をしたアメリアの肩に手を置き、ゼルガディスは、通りの向こうでニヤニヤ笑う男を軽くにらみつけた。
「どうしてですか?ゼルガディスさん」
「いいから、ふらふら歩きまわるな」
「…はい」
広場に向かって少し歩いたところで、またゼルガディスはアメリアの腕をつかんで立ちどまる。
二人を追っていた少女も、少し離れた場所に立ち、じっとゼルガディスを見つめている。
―チャンスかも…―
「アメリア、そっちじゃない」
「もう、さっきから何なんですか」
「いや、だから、そっちには…」
「どうして、こっちに行っちゃいけないんですっ」
にじり寄られて、二、三歩後ずさるゼルガディス。
そこに、ひそかにチャンスをうかがっていた少女が駈け寄ってきた。
「聖クリスティアの祝福を!」
ちゅっ!
少女は、ゼルガディスの頬にくちびるをふれ、悲鳴を上げて走り去っていく。
「きゃああっ(はあと)」
少し離れたところで様子を見ていた少女の友人たちが、きゃあきゃあと、ひやかす。
「もうっ、チャコってばぁ」
「大胆なんだからぁ」
「いいじゃなぁい。彼ってかっこいいんだもん」
チャコと呼ばれた少女は、真っ赤な顔をして、ゼルガディスを振りかえった。
何か言いかけようとしたのだが、友人たちの声に引き戻されていく。
「チャコ~、いっちゃうわよ~」
「まってよぉ」
後には、ぼーぜんと立ちつくすゼルガディスとアメリアが残された。
「…何…だったんですか。今の…」
アメリアの声に、我にかえったゼルガディスは、頭上を見上げそこに飾られているリースから、小さな赤い実を一つ取った。
「それは?」
「ラズリィの実だ。魔除けに使われるんだが、この祭りの日に、これが飾られている下を通った者にはだれでも、その…キスしてもいいという習慣があるんだ」
「そうなんですか」
―あ、じゃあもしかして…―
アメリアが思い当たったことを確かめようとしたとき。
「ふん、いい気になるなよ。キメラが…」
楽しげなざわめきをつらぬいて放たれた言葉に、あたりの空気が一変した。
少し前に、アメリアを見てにやついていた男が、陰険な目でこちらを見ていた。

ゼルガディスの瞳に、暗い光が宿る。
腰の剣に手をかけ、男の方に一歩踏みだすゼルガディス。
それを遮るように、響きわたるアメリアの声。
「何ということを言うのです!見た目で人を判断しようなどというのは、すなわち悪!」
びしいっ!!
男に指を突きつけて、言葉を続けるアメリア。
「あなたには、正義を愛する心がないのですかっ!!」
意外な展開に、おたつく男と、大喜びの野次馬たち。
「いいぞぉっ!」
「やっちまえっ!」
「この愛と正義と真実の使者アメリアが…」
アメリアのうしろで、ゼルガディスがぼそりとつぶやく。
「…やめんか…」
「これからが、いいところなんですっ!」
「これ以上目立つまねをするなぁぁっ!!」
ゼルガディスは、アメリアのえりくびをつかみ、早足でその場を離れた。
ずるずるずる。
「うぐぐぅ、苦しいですぅ」
「…だまって歩け…」
ずるずるずる。



リナ達がいるはずの広場まで来て、ようやくゼルガディスはアメリアを放した。

「げほげほ、ひどいですよぉ。ゼルガディスさん」
「お前が人ごみのど真ん中で、騒ぎ立てるからだ」
そう言うとゼルガディスは、目深にフードとマフラーをかぶり直して歩き出した。
「どこへ行くんです。リナさん達はこっちですよ」
「こういう人ごみは好きじゃないんでな」
背中を向けたまま片手を上げ、ゼルガディスは村はずれの方角に歩いて行く。
「ゼルガディスさぁん…」
アメリアの呼ぶ声は、祭りの喧騒にかき消されていった。

村はずれの小高い丘。そこにそびえたつ一本の木に背をもたせ、ゼルガディスは村を見下ろしていた。
色とりどりの明かりがきらめく祭りの夜。
―俺には関係のないことだ…―
風に乗って、どこかさみしげな楽の音が聞こえてくる。
いつのまにか、雪が降りだしていた。
その一片を手に受けて、ゼルガディスはじっと見つめた。
羽根のように軽いひとひらの雪。
どれだけ見つめていても、それがゼルガディスの手の中でとけてゆくことはない。
冷たさが、胸の奥にまで染みとおっていくような気がした。
―いつまで「人」でいられるのか…―
いく度くり返したかわからない問いをまたくり返す。
―いつになったら…―
さくさくさく。
雪を踏む軽い足音に、ゼルガディスは物思いからさめた。
「ここにいたんですね。探しちゃいました」
「リナ達と一緒じゃなかったのか」
アメリアは笑って首を振った。
「ここにいても、いいですか?」
「好きにしろ」
ぷいっと横を向くゼルガディスの傍らにアメリアは立ち、村の明かりを見た。
「きれいですね」
「……」
「あの、気にしてるんですか?さっきの…」
冷めた表情でゼルガディスが答える。
「慣れているさ、あんなことは。ただ…」
「ただ?」
ゼルガディスはすっと手をのばし、手の甲をアメリアの頬にあてた。
ぴくんっ。
ひやりとしたその感触に、アメリアの肩がふるえる。
「冷たいだろう?俺の手は…」
「ゼルガディスさん…」
「お前、お前達とはちがう…」
「……」
なにも言えずにアメリアは、両手でゼルガディスの手を包みこんだ。
そして、なにか思いついたように、その手を口もとにもっていく。
「アメリア?」
ほぉっ。
アメリアは、両手で包んだゼルガディスの手に息をふきかけて、にっこりと笑った。
「こうすれば、あったかくなりますよね」
ほぉっ、ほぉっ。
いくども息をふきかける。
忘れていた人肌のあたたかさ。
やわらかなぬくもりが、手から伝わってくる。
「…その…手を…はなしてくれないか…」
耳まで赤くなった顔を見られないように、横を向いてゼルガディスがつぶやく。

「もう、いいんですか?」
「ああ…」
「じゃあ、踊りませんか?」
「は?」
「だって、ほら…」
耳をすますと、いつのまにか村から聞こえてくる楽の音は、軽やかな曲に変っていた。
「知ってますか、この曲」
「ああ」
しょうがないな、というような顔をしながらも、ゼルガディスはアメリアに一礼した。
「踊っていただけますか、お姫様」
「よろこんで」
アメリアがドレスの裾をつまむ仕草をして笑う。
舞い散る粉雪の中で、二人だけのダンスがはじまった。



くるくると、回るたびにマントがゆれる。
ゼルガディスのきらめく細い銀の髪が、風になびく。
―どうしてみんな、ゼルガディスさんのこと怖がるのかな。そりゃ無口で無愛想で…でも、こんなに優しい目をしてるのに…―
青がかかった深い緑。
針葉樹の緑にもにたゼルガディスの瞳。それが今はやさしい光をおびてアメリアを見つめている。
―どんな姿だって、ゼルガディスさんは、ゼルガディスさんなのに…。だから…私―

ゼルガディスの胸元でつややかな黒い髪がゆれる。
―どうしてこいつは、当たり前みたいに、俺にちかづいてこれるんだ―
信頼しきって、腕の中で踊る小さな体。
まっすぐに見つめてくる、きらきら光る黒い大きな瞳。
―どうしてこいつといると、こんな…素直な気持ちになれるんだ、俺は…―

「姫」という身分に生まれ、宮中儀礼の中で育ったアメリア。
自分の力だけを信じ、当然のように一人で生きてきたゼルガディス。
本来なら出会うこともなかったはずの二人。
今は手を取り、気づかぬままに心をよせあって踊る。
くるくると。
やがて二人は、木の下で息をついた。
「さすがに、うまいな」
「ゼルガディスさんだって」
少し息を弾ませてゼルガディスを見るアメリアの目が、木の枝に止まった。
「あ、あれは」
「どうした?」
そこには、赤いラズリィの実がひとつ生っていた。
「ああ、ラズリィの木なのか。これは」
ぷち。
ゼルガディスは赤い実を取り、アメリアのてのひらにのせる。
「ゼ、ゼルガディスさん!?」
「なんだ」
「その……」
赤くなったアメリアを見て、ゼルガディスはその意味に気がついた。
 「あ……」
二人の間にやわらかな沈黙がながれ…。
「聖クリスティアの……」
「祝福を……」
それは、くちびるがふれあうだけの小鳥のようなキス。
しかしふたりには、それで十分だった。
今はまだ。
ゼルガディスはアメリアのまるい肩をそっとだきよせる。
アメリアはゼルガディスの胸に顔をもたせ、村の明かりをみつめて言った。
「本当にきれい…」
「ああ、そうだな…」
今は素直にそう思えた。
気がつけば、ふたりの髪や肩に、うっすらと雪がつもっている。
「そろそろ…戻るか…」
「そうですね。…きっとリナさんたちも、待ってますし…」
二人は丘を下りはじめた。はぐれないように、しっかりと手を握って。



翌朝、四人が泊まった宿屋に、リナの声が響きわたる。
「なんで?どうしてそんなに高いのよっ!」
「ですからっ、きのうはお祭りで特別料金なんですってば!」
「聞いてないわよっ!!」
「でも、そうなんですっ!とにかく四人で銀貨二枚、払ってもらいますっ!!」

宿の娘も、リナを相手に一歩もひかない。
「朝からなにを騒いでいるんだ」
「あ、ゼル」
「きゃぁ!」
ゼルガディスを見て、宿の娘が目をかがやかせた。
「あんたは、確か…」
夕べの少女だったことに気づき、ゼルガディスがくちごもる。
「私チャコっていうの。あなたは?」
「…ゼルガディスという」
「ゼルガディスさん…。うちの宿に泊まってたなんて…。」
嬉しそうにゼルガディスに話しかけるチャコを見て、リナがにんまりと笑う。
「な~んだ。ゼルの知り合いだったの」
「いや、知り合いというわけでは…」
口をはさむゼルガディスを、蹴りとばしてだまらせ、リナは再びチャコにかけあう。
「だったら、少しは安くしてもらってもいいわよねぇ」
「う、それは…」
「ゼルも喜ぶと思うんだけどなー」
「…銀貨一枚でいいです…」
「よっしゃあ!」
勘定をすませ、宿を出た4人にチャコが駈け寄ってきた。
「あの、ゼルガディスさん、これ」
そう言って、一本のワインの瓶を差しだした。
「この村で作ってるワインなの。とってもおいしいから…」
チャコの真剣な目に気おされるように、ゼルガディスはそれを受け取った。
「…すまんな…」
「じゃ、あの…元気でね…」
「ああ、じゃあな」
軽く手を振って歩きだすゼルガディスを、チャコはためいきをついて見送った。

  ―いつかまた、会えたらいいな。そうしたら…―



「ふーん、モテるじゃない、ゼルってば」
「そんなんじゃないっ!」
「そうですよ、人の好意は素直にうけとるべきですっ」
「そういえば、ゆうべアメリアと広場にくるの、ずいぶん遅かったみたいだけどぉ?」
「………。それを言うなら、ガウリイの旦那が部屋に戻ってきたのは明け方だったようだが?」
「なっ!!」
「ん~、どうしたぁ。リナ」
「ガウリイはだまっててっ!」
石畳の上にちらばる紙ふぶき。
飾りのとりはずされた、広場の木。
祭りの一夜は終り、また旅が始まる。
4人が丘の上にさしかかったとき、リナが声をあげた。
「へぇ~、こんなとこにラズリィの木があったのね」
思わず顔をみあわせる、アメリアとゼルガディス。
「どうした?ゼル、アメリア」
「いや、べつに…」
「おやぁ、何かあったの~」
「なんでもありませんってば…」
「あやしいわよ~。うりうり」
「よせよ、リナ」

また歩きはじめた4人を見送るように、ラズリィの木が風にゆれていた。