薬は…

 

by にしゃと

 
 




遠くから幼い主の鈴を転がすような笑い声が聞こえてくる穏やかな昼下がり。
縁側で話し込んでいた鶴丸と鯰尾がカチャカチャと硝子の擦れる軽い音に振り返れば、なにやら浅い木箱に詰めた小瓶を薬研が運んで行くところだった。
鶴丸が軽く手を上げて合図をすると、薬研は首をかしげつつ近寄ってきた。
「なんだい、お二人さん。おれっちに何か用か?」
「いや、その音の正体が気になってな」
ひょいと首を伸ばして覗き込むと、ずらりと並んだ瀟洒な硝子瓶に透き通った甘やかな桃色の液体が揺れている。
その数、ざっと10ほどだろうか。
「あぁ、これか。こいつは即効性の回復薬だ。そろそろ新しいのと入れ替えようと思ってな」
片膝をついて箱を床に下した薬研は、瓶を一つ取り出して目の前で揺らしてみせた。掌に収まるほどの小さな瓶には、およそ二口分ほどの透き通った桃色の液体が揺れている。
これまで一度も目にしたことのない水薬に、鯰尾はしばらく首を捻って、やっと、思い出した。
「即効性の回復薬・・・。って、もしかしてアレ? 先代様の代替わりのときの」
「あぁ、アレで効果のほどが証明されたからな。あれから定期的に作っては入れ替えてる」
キラキラと輝く硝子瓶の中で甘やかに桃色の液体が揺れる。
「話には聞いていたが初めて見るな。思ったより綺麗なもんだ」
「ですねぇ、なんか甘そう」
本丸でも随一の好奇心旺盛な二振りは、目を輝かせて水薬を見つめる。
硝子瓶の見た目もなかなかに良い。女人の好む香水瓶のような華やかさで、とても中身が水薬とは思えない。
「興味があるなら、試してみるか?」
にやりと笑って、薬研は小瓶を二人にそれぞれ差し出した。
「平常時に飲むものじゃないが、少し舐める程度なら問題ないさ。廃棄分とはいえ、さっき入れ替えたばかりだからな、別に効果のほどにも問題はないぜ」
「えっ! 良いの?」
「そいつは面白そうだ」
いそいそと受け取った鯰尾と鶴丸は、仲良く同じタイミングで蓋を開け、まずは鼻を近づけた。
見た目の甘やかさに反して、どちらかというと生薬っぽい臭いがする。ちょうど風邪薬のような漢方系の臭いだ。
「あれ? 意外と薬臭い」
「そりゃ、薬だからな」
大真面目に頷く薬研を尻目に、鯰尾と鶴丸はそろって小瓶を傾け・・・・・・。

同時に、盛大に咽た。

「げぇっ!! げほっ!!」
「ぐぁ! 何だ!? こりゃ!!」

小瓶を放り出し、口元を抑えて倒れこむ勢いで身悶える二人に、薬研は小さくため息をつく。
「あ、まだ、ダメか、こりゃ」
「ダメってなんだよ!? っていうか、不味い!! 苦い!! 死ぬほど不味い!!!」
「回復する前に彼岸が見えるぞ!! なんなんだこれは!?」
「だから、即効性の回復薬だって」

口元を抑える二人はとっくに涙目だ。
可愛らしい瀟洒な小瓶に入った優しい桃色の水薬は、見た目に反して恐ろしく苦く、ただ苦いだけではない、得も言われぬ不味さをも誇っていた。まさにこの世のものとも思えぬほどに。

「おい、いったい何を騒いで・・・?」
騒ぎを聞きつけて近くの厨から顔を出した骨喰が、転がった小瓶を見てさっと青ざめる。
「・・・水を持ってくる!」
素早く踵を返したその後ろ姿に、後光がさして見えたのは言うまでもない。

大丈夫か?と気遣いながら差し出された水差しの水を勢いよく飲み干して、涙目のままに鯰尾は相方にしがみついた。
水を一杯飲んだくらいでは、まだまだあの味が舌の上から離れない。不味い、本気で不味い、死ぬほど不味い。二度と口にしたくない。
「これでも一応、鋭意、味の改良には努めているんだがなぁ?」
箱の中から新たな瓶を取り出して揺らしながら、薬研は盛大にため息をつく。
効き目は申し分ない。
自分をはじめとしたあの日の第一部隊は、コレのおかげで戦えた。この本丸を、ただ独り過去に残った三日月を、明日という日常を、守れた。
ただ、それこそ本当に、死にそうなほどに不味かったのが難点だ。
改良中とはいえ、自分で味見をするのをついつい避けてしまうほどに。

「・・・お前達、これを一瓶、全部飲んだのか?」
元から白い顔色を、更に血の気の失せた死人のような顔で問いかける鶴丸に、骨喰は小さく首を横に振った。
「俺は半分ほど。全部飲んだのは長谷部と三日月だけだ」
「ああ、二人とも良い飲みっぷりだったぜ。眉一つ動かさず、一息で全部飲み干した」
特に三日月には、事前の予告もなしに押し付けたのに、まぁ、たいしたもんだった、と。しみじみと頷く薬研に、鶴丸は目を丸くした。
「これを!? あの三日月が、か?」
「あぁ。まぁ、味に文句を言ってられるような状況でも無かったしな」
「それにしても・・・」
あの爺様は甘いものが大好きな子ども舌の持ち主だ。苦いものなど大の苦手。苦瓜の炒め物が食卓に上がった日には、涙目になりながらほとんど噛まずに飲み込んでいる。
あの、三日月が・・・。

「まぁ、後で、アレはもう二度と飲みたくないとは言われたが・・・。ちょうど良いんじゃないか。こいつを飲まなきゃならん羽目にならないよう、死ぬ気で頑張るだろ?」
もう二度と、不器用に彼是と全てを抱え込んで、一人で無茶をすることのないように。
薬研の言葉に鯰尾が全力で首を縦に振る。振り過ぎてしがみ付かれている骨喰まで一緒にぐらぐら揺れる。
「わかる! それ絶対、嫌だって! 俺も二度と飲みたくない!!」
「全くだ。こんな驚きは二度とごめんだ」
二杯目の水を片手に、鶴丸もしみじみと頷いた。

「・・・ふむ。こいつはむしろ、味の改良をしない方が良いか?」
柔らかな午後の光に透かした桃色の水薬は、薬研の手の中で、ただゆらゆらと甘やかに揺れている。