に映えろと想い巡り

 

by M

 
 
月見れば ちぢにものこそ悲しけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど (大江千里)




 歴史修正主義者の、時の政府への反逆とも取れる行為により。
 『正しき歴史』を守る権限を与えられた、審神者率いる刀剣男士と。
 謎多き歴史修正主義者によって挑んでくる、時間遡行軍との戦いは。
 とある時間軸で、およそ5年目に突入した。

 否。
 あるいは、歴史修正主義者は時の政府にも審神者にも戦いを挑んでいると言うつもりは欠片もないのかも知れない。
 単に、時間遡行軍と刀剣男士がかち合ってしまうと、自動的に戦闘状態になってしまうと言うだけの話で。

「とか何とかを考えているあたり、歌仙兼定の頭の中って、意外と花畑メルヘンチックだよね」

 文系と頭の中が花畑は、比例しない筈なんだけどな……などと。
 この、刀剣男士達が日常を過ごしている異空間―――通称を「本丸」と呼ばれる中で、唯一の「生きた人類」である存在。
 それが、この「いつも同じ服着てるよね」とか言われていたりする主人。
 審神者(さにわ)である。

「言っている意味はよく判らないが……馬鹿にされている、と言うのは判るよ」
「まあ、白くなった洗濯物に心の洗浄効果があるのは認めるけどね。
 あんな事こんな事が他所の本丸であった以上、明日は我が身ならぬ我が本丸。何かに熱中していられる手仕事があると言うのは、幸いと言う事なのだろうね」

 すこぶる良い天気―――この「本丸」の主たる審神者曰く、梅雨と雷雨に久方ぶりの地震があり、暴風雨まで起きたのは致し方がないという部分があるので、今日は晴天にしたのだと。
 ここしばらく、数十人分の洗濯ものやら布団やらを、これ幸いと天日干しの日にするのだと宣言したのは、昨夜の事だった。
 ぎりぎり三桁に満たぬと言うだけで、数十人もの男子の洗濯物が、しかも数日分どころか何日前だと言いたくなる為、食堂を除いたあちこちで室内干しをしまくっている。割と本丸が初期の頃から乾燥機付き業務用洗濯機は導入されたが、やはり装飾品を含め戦装束も中には乾燥機が使えなかったり、室内干しではしっくり来ないものがあるのだから悩み所だ。

「そうだろうね……とは言え、僕も噂程度でしか知らないから何とも言えないかな。
 だがね、こうして手づから洗濯をしていると。確かに、君の言う様に思うのだよ。
 時間遡行軍と言うのは、僕達とは違う。仮に『素となるもの』が似通っていたとしても、真白き布に付いた汚れの様なものではないかと」

 それは、確かに実際に見たわけではないが。どこからか聞こえてきた、伝え聞いた継承の儀。
 滅多にあるものではない―――大体、審神者が力及ばず放置された本丸は長い刻の果てに消滅してしまう事が多いのであり。審神者が交代すると言うのは、本当に数が少ないがゼロではないらしい。
 継承の儀が生じると、どうした所で異空間である本丸は力の要たる審神者が不在となる事で結界が消失してしまう。そうなると、時間と空間の間で守護の力にて存在を隠されている本丸が、無防備にも姿を察知されやすくなる事は、確かだ。
 しかし。

「それに、もしかしたら…1枚1枚独立した布ではなく、全体で1枚の布ではないか。汚したい奴等と、美しく保ちたい僕等との陣取り合戦の様ではないか。
 さもなくば……いかに主の力が衰えたとは言え、どうして本丸の位置が知られた?」
「そう言う意見が、無かったとは言わないよ。でも確証がない」

 かつて、世界一やさしい戦争と言われた昔のゲームではないのだ。
 歴史には、名も残る誰かもあれば。数字ですら数えられない誰かも、圧倒的に多く存在している。
 確かに、小さなものであれば歴史には修正力が働く。
 だが、歴史にとって一般人が。そして、名のある人物の運命が前後した程度では「歴史」として揺らぐ事はない。

「さしずめ……『歴史』の修正力が洗剤で。歌仙達の刀剣男士は漂白剤って所かねえ?」

 ここで審神者は、予想する。
 予想の一つは「僕達こそが洗剤そのものだ!」と言うか。
 もしくは、ぱっと花が開いたかのような笑顔で「それは光栄だな!」と言うのではないかと言う気がした。
 しかし、その予想は外れていた。

「確かに……君の言う様に『そう』であれば、誇らしくもあり。嬉しいと言うものだと言う気はする。太平の世の為に、過去と繋がる今を守る、それが未来の為……素晴らしい事だね」
「そんな顔をして言われてもね……気になっていると言っても構わないけど?
 何しろ、継承の儀が行われる事や。その最中に襲撃に会う事よりも、顕現している刀剣男士が全て折れて審神者が命を落としたり。刀剣男士が顕現させた審神者を裏切り共々本丸が堕ちる方が、余程多いのだから」

 独り言ではあるが、正しく代弁していた様だ。
 時間遡行軍の大太刀に、本来は刀剣男士たる短刀が洗脳されて使役されていた。かつての主を、場合によってはその手で屠らされる羽目になっていた……そう「ならなかった」のが問題ではない、そう「なっていた可能性がある」と言う事が問題だ。
 歴史を守る為に顕現していた筈の刀剣男士が、心変わりをしたわけでもないのに時間遡行軍として、敵として。

「他にも、いるかも知れない……と?
 なるほど、流石は三十六歌仙と言う所か」
「はは……僕と一緒にされる様では困るな。
 僕は之定だよ」

 歌仙兼定の「闇」は、なかなかに深い。
 本質は刀剣なのだから、その「物語」が軽いものなど一振りとて存在しないが、それでも外見と日常から暗さを醸し出しているか、表向きは明るく過ごしているかの違いに過ぎない―――歌仙は、そう言う意味からすれば割と後者寄りだろう。

「刀工、関兼定(2代)が室町時代に、応仁の乱以降で武芸の通じずとも片手で振るえ、安価で大量生産を目的とした。が、打刀の始まりだったかな?」
「困った事に、機能性、実用性に重きを置いて造られたとされている。美術的には魅力が乏しいとまで評価された事はあるね」

 見る目がないね、などと自虐的な物言いをしているが。これは単に事実を並べているだけだと言う事を審神者は知っている。
 とは言え、先ほどの三十六歌仙については否定的だったのは。

「さりとて、刀工は後に名を改めているし、元の主は部下を六人だか三十六人だか殺したと言う理由で三十六歌仙に準えて名付けたとか言うし……名前の趣味は誉めても良いがね」

 自分で言って、若干照れているのか微笑ましい光景ではある。

「しかし、細川の文献では記録もないがね……」
「一説によると、無能な家臣ではなく侵入者の排除だったからだとも言われているね、そう言えば」
「ふむ……そうなると……いや、まあいい」

 記録があるとかないとか、実用品である以上は無駄な装飾は邪魔でしかない―――それを物ともしない、一部刀剣男士は除くとしても、名前の華やかさとは対極とも言える。
 昔話とは、そう言うものだと言われてしまえば、そうかもしれない。
 だが、遣る瀬無さは残る。
 しかも、どうやら歌仙には心当たりが一部あるらしい……当然だ、その時代にあったのだから。

「憶測だけなら、後から幾らでも出来るが雅じゃない……まるで、僕自身の事のようにね」

 元々、人の世の戦いは刀剣ありきではなかった。
 馬上では槍が、歩兵ならば打撃が主な使用だったのだろう。
 しかし、世の移り変わりと供に武器の形状も戦法も変わった。まさしく、歌仙兼定たる自分自身が、世の移り変わりを具現化したのではないか。
 そう、思って。もしくは、感じていたのだろう。

「確かに、歌仙は口癖かと言いたくなる程に一日一度以上は『雅』を口にするし、その割にマナーそっちのけで風流がどうとか言うのに、説明を求めると『考えるな、感じろ』系ではあるけど……」

 ぐさぐさと、耳には届かぬ刺殺音が聞こえた気がしないでもないし、審神者に背を向けたまま―――洗濯物は無駄口を叩いても順調に干されているのだから、手を止めないのは仕方がないだろう。

「拵えが派手である事に意味がある将とていただろうけど、必ずしも『今』それが必要かと言えば、そうでもないし。お飾りは不要かな」

 更にぐさぐさと何かが刺さった気がしないでもないが、恐らく気のせいと意識より斬り捨てる。

「そもそも、君達刀剣男士は存在そのものが刀剣であり、鎧の様なものでもあるし」
「……そう言えば、以前より気になっていた事が……ある、のだが……」

 想像よりは早く立ち直った―――僅かに胸元で握りしめた拳を見る限り、単なる現実逃避であるあるかも知れないが、やはり気にしない方向にしておく。

「何だろう?」
「どうして、我々刀剣男士は『人の形』をしているのだ?」
「え、だって……抜き身の刀身がそこらを歩いていたら危ないし。通報されるならまだしも、良くて捕まって見世物扱い。最悪、折られるし?」
「いや、そうじゃなくて!」

 ぎゅいんと、音を立てて歌仙は振り向く。
 つい、今まで背後だった所には。たった今まで背中を向けていた所は、光による錯覚なのか少し暗い。
 つい、今の今まで視界にあった、洗濯物を干していた物干し場……風が出てきたのか、どこからかガラスや鉄のちりんと言う音が。そして、干したばかりの洗濯物のはためく音が。

「想像は、つく。人の形を模しているのではなく、かつての時代または時の剣豪やら英雄やらに与えれば良かったのではないか。
 もしくは、人の形を与えるにしても、もっと素材を人そのもの……タンパク質の柔らかさではなく、素体から鋼鉄やら強度の高い物質にするべきではないか?
 そう、言いたいのではないかい?」

 日差しは物干し場から……今や背後となった、外から差し込んでいる。
 背中に、じんわりと伝わる太陽の熱を、本物か偽物なのかなど考える必要性すら思い当たらない。
 何故なら。

「そうだね、恐らく。強化はされているのだろうと、時を超えた先の人々と、あるいは君と触れ合うと、その違いは良く感じるよ」

 角度のせいか、梅雨の合間と言う。夏になりきらぬ季節を肌に感じる。
 浮かんでは流れ、浮かんでは消えて行くだろう、零れ落ちる事なく肌に張り付き、乾いてゆく汗に。

「今言った視覚的な問題とて、言っている事は事実。
 とは言え、形状的に刀剣が自ら戦うと言うのが、どうしても想像力の限界を超えたのも、また事実。
 ならば、全身甲冑に持たせれば良いのか?
 いやいや、それこそ想像して見て御覧。下手を打てば、その時代すべてを敵に回す事とて考えられる……時により、その方が都合が良い場合もあるけど、常にベストではない」

 例えば、それが訪れた先にとって敵方の拵えであれば?
 単騎にて乗り込んできたと、言われる事もあるだろう……しかも、そういう場合は機動力確保の為に中身はがらんどうになっているだろう。

「例えば、明治初期に新選組の羽織なんて着て京都を歩いていたどうなると思う?」

 何より、全身甲冑を使用したとしても。それが全員お揃いだったとしても、やはり怪しい事この上ないと判断されてしまう……そもそも、会話に至る事は可能だろうか?

「間違いなく取り押さえられ、突き出される……もしくは、その場で斬り捨て御免か」
「中を暴露してみれば、誰もいないのに鎧が勝手に喋るし動き回るしで……ちょっとした百物語だよね。妖怪かと大騒ぎで……あながち間違っちゃいないけど」
「僕らを妖怪などと同列にしてほしくはないね、雅じゃない」
「付喪神なんて似たようなものじゃない……後、座敷童ちゃんとアマビエさんに謝れ?」

 言われ、歌仙はぐっと言葉に詰まる。
 存在が確認されたか、否かではないのだ。
 自分達と同じ様に、物語を背負っている存在があると言う事は。もしかしたら、いずれどこかで出会うかも知れないのだ。
 歴史の講義をするにあたり、自分達の存在を認識する為にも妖怪や地方民話も歴史の一幕として習っている以上は無下に当たって良いわけではない。

「た、確かに座敷童やアマビエには失礼だった……」

 小さな幼女が、住み着いた家を繁栄させてくれたと言う所に、もしかして共通の顔を思い描いたのかもしれないが……当の本人に知られると後が怖いので深くは追及するのを辞めよう、と審神者と歌仙の心は一つになった。
 この瞬間だけ。

「しかし、いずれも神に近しいものではないのかい?」
「さあ……会った事ないしねえ。
 やっている事は、人にとって都合よく解釈出来る記録ばかり残っているけど、だからって善神になれるかって言ったら判らないし」
「はっきりしない上に、ずいぶんな言い方じゃないか?
 君は、そう言う所がある」

 むすっとした顔をしているが、アマビエを都合良く使っているのではないかと言う気にもなっているのだろう。だからと言って、常とは異なる―――やはり、歌仙も妖怪に会った記憶はないので、感覚がつかみにくいと言うのもあるのだろう。
 どことなく落ち着かないのは、いつの間にか縁側に座っていた審神者の顔が光の角度で、よく見えないからだと言うのも、あるのかも知れない。

「人類……特に日本人は、割と都合よく煽てて持ち上げて祭り上げるか、最悪無かったことにするのに長けている。それは歴史からも判ると思う。
 勝てば官軍負ければ賊軍である様に、都合良く歴史書に残されている事だって少なくはない。だから、当時の関係者が講義に参加するとツッコミの嵐じゃないか」

 言われると、歌仙は思い当たる所があるのか口をつぐむ。
 確かに、己の存在していた時代の講座に参加すると細かいところが気になって仕方がないと言うのは、よく判る。

「だから……!」
「人の形をしていれば、柔らかい肉の体を持っていれば、それを踏まえた上で当時の人々に混じり応用力を使う事が出来るじゃない」
「応用力……」
「そう、かつて物言わぬ姿であった己を前に、今の己が何を成すか……むしろ、そうやって成長する事が出来るんじゃないかな?
 少なくとも、鋼鉄の体とか全身鎧でやる事じゃないと思う。重いし」
「しかし、それは……」

 場合によっては、刀剣男士が裏切り逃亡する事も視野に入れている事になるのではないだろうか?
 確かに、審神者の力により己の制御下にある刀剣男士を、場合によっては処分する事だって可能だ。裏切ったと認識した瞬間に顕現している姿を解消してしまえば良い。
 だが、問題はそこではないのだと審神者は言う。

「もし、それで歌仙や他の皆が裏切り、この本丸が消える事があるとすれば……。
 それは、審神者として至らぬ点があると、そう言う事だよ」

 表情は見えない、そう……常に悟らせない。

「舐めて貰っては困るな、僕は……僕は、確かに風流を愛する文系名刀だ。
 けれど、僕は……之定だからね」
「……言葉の意味は良く判らないけど、心で感じておくよ」

 梅雨明けは、あと少し。
 夏になると同時に、歌仙兼定にはほかの打刀と連日の畑当番が待っている事を。
 歌仙兼定は、今は知らない。

 何はともあれ、明日からは。
 しばらく梅雨の日が当分、続く。


終わり