賽の悪魔が嗤う夜

 

by ひいらぎ夏水 / 波水

 
- 前編 -
 
 
 東京有数の大財閥、産屋敷家。
 広大な敷地に建てられた大きな屋敷と意匠を凝らした美しい庭園は、代々年若い当主が護るという。当代となる産屋敷輝利哉は、僅か齢十一と若年でありながら、先代譲りの辣腕で家を維持し、支えていた。
 彼の傍には、同じ顔をした少女が二人付き従い、さらに二人の大人が幼い当代を補佐している。
「なるほど」
 ややあって、切り揃えた黒髪を揺らして、呟いた。
 目前に座するのは、地域一帯を管轄下に置く警察署の署長である。輝利哉からすると祖父と孫ほどの年齢の差はあるが、彼はどこか緊張の面持ちで額の汗を手拭いで拭っていた。
「つまり、あなた方は、わたしの子どもたちをお借りしたいということですね?」
「は、はい。あの、子どもたちというのは」
「ああ、説明が不充分で申し訳ありません。我らにとって、鬼殺隊の皆は等しく子どもなのです」
「いえ、存じ上げております。産屋敷家に仕える鬼殺隊士の方々は、一騎当千の働きをする、ともお伺いしておりますので」
「それは良かった。では、この件はこちらでも責任を以って対処致しましょう。それに伴い、一つお願いがあるのですが」
 事細やかに打ち合わせを行い、しばらくして署長の男は深々と頭を下げ、立ち上がり去っていく。その姿が見えなくなり、気配が完全に消えたのを確認すると、男の一人が輝利哉に微笑みかけた。
「お疲れ様でした。お館様」
「ありがとう、天元。でも、やはり緊張するね。父上が見たら笑われてしまう」
「なんの、先代にも勝るとも劣らぬほどの振る舞いでしたよ。そうでしょう、煉獄殿」
「ええ。お父上も、今のご立派なお館様を見れば咽び泣くでしょうな」
 そう言って優しく笑むのは、燃えるような立髪をした偉丈夫だった。お世辞ではなく純粋に賛辞を上げる二人に、輝利哉は照れ臭そうにはにかむ。当代といっても、また襲名を受けて三年ほどしか経っていない自分が、子どもたちたる隊士を纏め、率いていいのかどうか、迷う時もある。
 それでも、自分にしか出来ない戦いがあることは、幼いながら分かっていた。そして、そんな自分を支えるために、彼らが補佐を務めてくれるのだ。
「さて、天元。この依頼、あなたならどう受ける?」
 静かに問う輝利哉に、銀髪に派手な装飾を施した眼帯を巻いた男が、にやりと笑みを浮かべる。
「私ならば、派手に暴れてくれそうな奴を送りますな」
「あなたなら、そう言うだろうと思ったよ。ならば、心当たりがあるんだね?」
「ええ、お誂え向きの奴らが」
 輝利哉は小さく頷いた。おそらく、もう一人の男も、同じ顔を浮かべているだろう。
「では、彼らを呼んで貰えないかな」
「御意」
 幼い主人の命に、二人の男は重々しく答え、ぐっと頭を下げた。
 
 
 さて、数刻の後、産屋敷家の大広間に、三人の青年が招集に応じて座していた。
 一人は、黒い隊服を着てはいるものの、前は大きく開けて隆々とした筋肉を晒し、腰に獣の毛皮を巻き付けていた。肩まで伸ばした黒髪は、襟足の辺りで雑然と結んでいるが、その容貌は切れ長の鋭い眼差しで、しかし女性と見紛うほどの美しい顔立ちをしている。脚絆の代わりにやはり毛皮を脚に巻きつけ、足袋は履かず素足のままであった。
 その反対側に座している青年は、隊服の上に鱗文様の鮮やかな黄色の羽織を纏い、脚絆も同じ生地で揃えてあった。何より目立つのは、高い位置で結い上げた金色の長い髪であろう。まるで稲穂のように艶やかな髪を山吹色の組紐でまとめ、同じように揺らしている。目元は涼しげながら、琥珀色の双眸と相まって、中性的で柔らかい印象の整った顔立ちをしていた。
 彼らに挟まれる一人は、上に神楽舞の意匠を模した羽織を纏い、目鼻立ちのはっきりした凛々しい容貌をしていた。しかし、何よりも彼を特徴付けるのは、掻き上げて剥き出しになった額に浮かぶ炎のような大きな痣と、両耳に吊るした花札のような日輪の耳飾りであろう。意思を持った大きな瞳は黒いが、光の加減か時折昏い赫が翳る。長く伸ばし、黒い組紐で高く結い上げた髪も同様であった。
 この三人こそ、この度の依頼に相応しいと判断した隊士であった。
「竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、以下三名、お館様の命により、謹んでまかり越しました」
 代表して日輪の青年が告げる。輝利哉は青年たちを前に、穏やかに言った。
「三人共、ありがとう。日々の任務に休む間もないだろうに、よく来てくれた」
「お館様の主命とあらば。して、この度の任務とはなんでしょうか」
「今回は、少し特殊な任務なんだけど、槇寿郎さん、お願い出来ますか」
「承りました」
 静かに頷き、燃えるような立髪の男――煉獄槇寿郎が、三人に視線を向けた。
「今回、特殊な任務と言ったのは、警察との共同で行うからだ」
「警察?」
 炭治郎ともう一人、金髪の青年が頭に疑問符を浮かべて、鸚鵡返に問う。なお、残る伊之助は関心は向かなかったようだが。
 二人が疑問に思うのも無理はない。そもそも鬼殺隊は産屋敷の私兵という扱いで、政府には公認されていない組織なのだ。廃刀令が交付されて随分長い時を経てなお日輪刀を腰に据える隊士は、警察からすれば犯罪を犯す可能性のある危険分子とも見られるだろう。
 しかし、そんな自分たちが警察と共同で任務というのは、何故なのか。
「今回、君たちが向かって貰うのは、賭場になる」
「とば?」
 かくん、と首を傾げるのは、ただ一人話の内容についていっていない伊之助である。仕方ないといった風に、金髪の青年――善逸が助け舟を出した。
「賭博ってのは、賭け事をする事だよ。俺らでもよくやるだろ? あれをもっとでかくしたもんだと思えばいい」
「ああ、今日の晩飯を賭けてどれだけ鬼を斬れるか、とかか」
「そ。それの金が絡む奴が賭博な。んで、その賭け事をやる為に誂えた場所が賭場だ。ここまでは分かる?」
「なるほど、よくわかったぜ! さすが俺の子分は頭いいな!」
 余り世間に聡くない伊之助に、あれこれと解り易く噛み砕いて説明するのは、専ら善逸の役目のようだ。二人のやりとりを横目に、炭治郎が困ったように尋ねる。
「つまり、俺たちに賭け事をやってこい、という事ですか?」
「何で自ら犯罪に足突っ込むの。そっちじゃねぇよ」
 どこかズレた発言に、善逸がしなやかな裏手でツッコミを一発。漫才のような三人のやりとりは、緊張した空気とちぐはぐな温度を持っていた。
 少しして、善逸が槇寿郎に向き直る。
「もしかして、その賭場で阿片の取り引きがされている、とかですか?」
 何気ない問いに、周囲に緊張が走る。やはり聡いな、君は。小さく、槇寿郎が呟いた。
「あへん?」
 聞き慣れない単語に、今度は二人同時に首を傾げた。
「ケシの実を傷つけると、そこから汁が出るのは知ってるか? その汁を乾燥させて、精製したのが阿片。モルヒネの原料でもある」
「すげえなお前! 何でも知ってるな!」
 すらすらと説明する善逸に、伊之助がきらきらと目を輝かせてきた。しのぶさんの受け売りだよ、と謙遜しつつ、再び琥珀色の双眸が主人と二人の男を捉える。
「だとすれば、この案件は警察の範疇のはずです。俺たちが賭場に潜入する必要はないのでは?」
「その通り。だが、警察が我らを頼ってきたのには、もう一つ理由がある」
 そこまで言って、槇寿郎はちらりと傍の男に視線を向ける。もう一人の男――宇髄天元は、一つ頷いて話を引き継いだ。
「その賭場は、どうやら餌場でもあるらしい。阿片の取り引きを牛耳る者が、鬼を囲っていると情報があった」
「鬼を囲うって、そんな」
 ことがあるのか。小さく呟く炭治郎をよそに、善逸は一人成る程、と深く頷いた。
「つまり、流れとしてはこうだ。賭場で巻き上げるだけ金を巻き上げて、阿片で頭をおかしくさせた者を、鬼に喰らわせて証拠隠滅を図る、と」
「そのようだ。鬼が出るとなれば、こちらも動かざるを得ない」
 彼の立てた推測に、宇髄は頷く事なく肯定した。
「警察側でも被害が出たようだ。強制的な捜査で賭場に押し掛けたものの、鬼に悉く返り討ちにされたと報告があった。奇跡的に生き延びた者はいるそうだが、恐怖で髪が真っ白になって、精神を壊したらしい」
「何でぇ。ケーサツってのは、弱味噌の集まりか」
「警察は人に対しての組織だ。鬼に敵うわけがないだろう」
 鼻を鳴らす伊之助に、炭治郎がまあまあと宥める。二人を尻目に、善逸は苦笑いして向き直った。
「それで、警察と共同で任務に当たれ、というわけですか」
「そうだね。だから今回、彼方には特別に帯刀許可の約束を取り付けた。君たちに、思う存分力を奮って貰えるようにね。許可証が届き次第、任務に当たってもらう」
 輝利哉の言った言葉に、三人の間に緊張が走った。
「一つ聞きたいのですが。何故、俺たちなんでしょうか」
 そういえば、これを聞くのを忘れてた。ふと思い出したように善逸が問う。
「まず、賭場に潜入する関係上、若い隊士じゃ無理がある。だとすれば、それなりに経験を積んだ奴の方がやりやすい。あと、女はもってのほかだ」
「まあ、確かにそうですね」
「富岡や不死川に行って貰ってもいいが、富岡は賭け事に向かなそうだし、不死川は無駄に警察とやり合い兼ねん」
「あー。何か想像できるわ、俺」
 宇髄の容赦のない指摘に、善逸が頭を抱えた。二人とも自分たちより長く鬼狩りの修練を積んではいるが、世相に慣れているかどうかは些か不安な面もある。かなり失礼な話ではあるが。
「それでお前らになった。もちろん、俺が推薦したってのもあるがな」
「それ、俺たちが信頼されているって捉えていいんですか?」
「そう言う事だ。自信を持ちな」
 宇髄に言われ、善逸はやれやれと肩を竦める。他の二人は、既に気持ちが切り替わって任務に対して前向きな姿勢を見せていた。
「決まったようだな」
 槇寿郎が、三人の若い男たちを見やると、腹に力を入れ、よく通る声を上げる。
「獣柱、嘴平伊之助」
「おう」
 翡翠色の瞳を細め、獰猛な笑みを浮かべる。
「鳴柱、我妻善逸」
「はい」
 琥珀の瞳が、真っ直ぐに見返す。
「日柱、竈門炭治郎」
「はい」
 赤みがかった黒い瞳が、力強く輝く。
「以下三名、賭場への潜入、及び鬼の討伐を、ここに命ずる」
「御意!」
 槇寿郎の命に応え、三人の若き柱は頭を垂れて声を揃えた。
 
 
 数日後、炭治郎と善逸の二人は、それぞれ連れを伴ってある屋敷を訪れていた。
 一人は長い黒髪を結い、麻葉模様の羽織と濃紺の着物を来た女性だ。愛らしい顔立ちは、どこか炭治郎と似た印象を受けるが、それもそのはずで、彼女は炭治郎の妹にあたる。
 そして、もう一人はもっと幼さの残る少女だった。おかっぱの黒髪に紅葉を模した髪飾りを差し、茜色の着物を着ている。顔立ちも可愛らしさの残る、大きな瞳を持った子だ。
 門の前に立って、代表して炭治郎が声を掛ける。
「ごめんください」
「おー、来たか」
 しばらくして聴こえて来たのは、太い男の声だった。ばたばたと足音が続いて、門から顔を覗かせたのは、浅葱色の着流しを着た伊之助である。
「久しぶり、親分!」
「こ、こんにちわ。獣柱さま」
「おう、ねず公もよく来たな。……あと」
 伊之助はすっとしゃがんで少女に視線を合わせると、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あかねだったか。元気にしてたか?」
「は、はい。おかげさまで元気です」
 目前に迫った女性のような顔立ちに、恥ずかしそうに少女が応える。
「アオイさんとカナヲは?」
「アオイは診察室で隊士を診てる。カナヲもそっちの手伝い。話は後で聞くから、とりあえず広間で待っとけ」
 炭治郎の問いに答えた伊之助は、勝手知ったる我が家とばかりに四人を先導する。実際、彼は屋敷を貰わずに蝶屋敷に住み着いているので、我が家といっても間違いではないが。
 さて、広間に着いて座布団をてきぱき並べると、伊之助は茶を貰って来る、と言い残し、障子を閉めて出て行った。取り残された四人は、とりあえず待つことにしたのだが。
「ね、お兄ちゃん、親分、落ち着いてるよね」
「確かに」
「昔はもっと騒がしかったのにな、あいつ」
 昔を知る三人の会話に、おずおずとあかねが尋ねる。
「そんなに違うんですか?」
「ああ、あかねちゃんはあいつのこと、あんまり知らないもんな。昔はもっと、俺たちの事引っ張り回してたから」
「何だかんだ言って、一番親分が大人になった気がする。お兄ちゃんと善逸さんは、あんまり変わってない気がするけど」
「いや、善逸もだいぶ落ち着いてるって」
「そうなの?」
「だって、昔のこいつはもっと凄かったし。ちょっとの事で怖がって飛びつくわ、ひっくり返って喚き散らすわ」
「そういえばそうだったね。善逸さん、柱になるまでは凄くみっともなかったもの」
 容赦ない暴露に、横で善逸が無言で悶絶しているが、兄妹は全く意に介さない。この辺り、非常によく似ている二人であった。
「炭治郎はともかく、禰豆子ちゃんも結構がっつり言葉の刃でぶっ刺して来るね!?」
「だって、長い付き合いだし。ねえ、お兄ちゃん」
「だよな」
 可愛らしく小首を傾げる禰豆子に、炭治郎が深く頷く。しまいに、魂が抜けたような顔で畳に突っ伏す善逸の姿があった。
「大丈夫ですよ、兄さま! わたしを助けてくれた兄さま、カッコ良かったですから! 姐さまの恰好だったけど!」
「あかねちゃんその話やめて?! 割とその話されるの辛いから!」
「おーい」
 あかねの擁護になっていない擁護に、両手で顔を覆う善逸が悲痛な声を上げる。その場にいた炭治郎はともかく、禰豆子の方が過剰に反応を示した。
「え、善逸さん、また女装してたの?」
「また、って。前にも兄さま、姐さまの恰好してたんですか?」
「私は詳しく知らないんだけど、お兄ちゃんも善逸さんと一緒になって女装して遊郭に行った事があるんだって。音柱さまに聞いた事があるわ」
「宇髄さああああんっ!?」
「あんの派手柱あああっ!?」
「私も見たかったなぁ」
 更なる禰豆子の暴露に、善逸のみならず炭治郎も悲鳴を上げる。その横で、ぽつり、小さく呟く声がした。
 その誰でもない声に、四人の動きがぴたりと止まる。
「あのー、茶を持ってきたぞ」
 障子を開けた伊之助が、お下げの女性を伴って急須や湯呑みといった茶器を盆に乗せたまま、控えめな口調で声を掛けた。
 
 
「話は、伊之助から聞いてる。二人の事は、私たちに任せておいて」
 にこりと柔和に微笑み、請け負ってくれた彼女に、炭治郎と善逸はほっと安堵の息を吐いた。その横では、伊之助が慣れた様子で客人の四人と自分たちにと急須でほうじ茶を淹れている。側から見れば違和感のある光景だが、そこは触れないことにしておく。
「すまない。助かるよ、カナヲ」
「気にしないで。私も、あなたたちの手伝いが出来るのは嬉しいから。――それと」
 不意にあかねの方に向き直り、目線を合わせて話しかける。
「挨拶が遅れてごめんなさいね。私は花柱、栗花落カナヲ。炭治郎たちとは、同期の隊士なの」
「花柱、さま。わたし、あかねと申します」
 慌てて居住まいを正すと、あかねはぺこりと勢いよくお辞儀した。
「あなたの事は、善逸から聞いてる。何でも上手に出来る、いい子だって自慢してた」
「そりゃ、ホントの話だもん。また十二だってのに、家事の一切何でも出来る子なんてそういないよ? 禰豆子ちゃんもそうだけどね」
 にこにこと破顔して言う善逸に、あかねがとんでもないです、と恥ずかしそうに謙遜している。それをちらりと見やり、一人お茶を啜る伊之助がぽつりと言った。
「まあ、紋逸は教えるの上手いしな。俺や権八郎が教えるのは無理あるし」
「お前、あかねちゃんは一発で覚えて、何で俺らは覚えないの……」
「様式美だろ。気にすんな」
 がっくりと肩を落とした善逸のツッコミに、しれっとした態度で返す。
「そんな様式美はいらないから」
 今度は、炭治郎が鮮やかにツッコミを入れる。
「いつまで経っても変わらないね、三人共」
「本当にねぇ」
 カナヲと禰豆子は、三人の漫才のようなやり取りに苦笑した。
 それはさておき、カナヲは三人を改めて見やると、どこか感情のない声で尋ねた。
「ところで、伊之助から聞いたけど。賭場に潜入するって」
「ああ、阿片の取り引きの元締めが、鬼を飼っているらしい。お陰で警察も手が出せないから、俺たちが行くって話になった」
 改まった口調で炭治郎が説明する。彼女の口振りからすると、細かいところも宇髄辺りから話を聞いているのだろう。だとすれば、警察との協同行動である事もわかっている筈だ。
「警察側は、阿片と賭場の取り締まりが目的だろう。俺たちは、その流れに乗じて鬼を斬る。それが今回の任務だよ」
「阿片か……、厄介だね。師範が持っていた資料に、阿片の事も書いてあるといいんだけど。何があるか分からないから、私も調べてみる」
「ありがとう」
 カナヲの提案に、炭治郎は優しい笑みで礼を言った。そんなやりとりを眺めていた伊之助が、ふと彼に尋ねる。
「そういえば、賭場だっけか。あっちには、いつ潜り込むんだ?」
「ああ、それは……善逸、説明してくれ」
「へいへい」
 問答無用で話を振られた善逸が、苦笑しながら口を開いた。
「まず、いきなり行って鬼はどこだーってやらかしても、逆に変な目で見られるし、それこそ俺たちが警察のお世話になりかねない。だから、まず餌を撒いて誘き寄せる」
「餌? 米粒でも撒くのか?」
「鳩を誘き寄せてどうすんの。餌、というか、正確には噂をばら撒く。賭博に目のない金持ちがいるらしい、って噂を、花街を中心に立てる。そいつ目当てで寄ってきて、接触してきたら、その賭場で鬼がいるかどうかを確かめる」
「仮にいなかったらどうするの?」
 作戦確認の話題に、カナヲも割り込んできた。それに驚くことはせずに続けて話す。
「その時は、適当に遊ぶなりしてとっとと退散。まあ、警察にタレコミはするだろうな。あちら側は賭場も取り締まりの対象だし、仕事して貰わないと。それに、俺は鬼の音は分かるし、炭治郎は鼻がきく。伊之助も、鬼の感覚は分かるだろ?」
「確かに、その通りだ」
「おう。あいつらはだいたいギシギシ、ピリピリしてっからな」
 炭治郎と伊之助も、其々頷く。まあ、伊之助の説明はちょっと分からないが。
「実は、宇髄さんに話つけて先に噂を流して貰ってるんだ。花街を中心にばら撒いておいたら、裏でやってる奴は寄って来るだろう。まあ、どこまで通用するかは、やってみないとわかんないけどね」
 そこまで言ったところで、喧しい鴉の鳴き声が聞こえた。窓際を見ると、炭治郎の鴉が止まっている。その足元には、何か小さな懐紙のようなものが括り付けられていた。
 炭治郎が側に行って懐紙を解く。開いて中を確かめた後、二人に向き直った。
「お館様からだ。警察に申請していた帯刀許可が下りたらしい。至急許可証を取りに来い、ということだ」
「おや、意外と早かったな。もっとかかると思ってたけど」
「てことは、今から行くんだな」
 善逸と伊之助が、それぞれ立ち上がった。
 その時また障子が開いたかと思うと、髪を二つのお下げで纏めた女性が入ってきた。
「あ、アオイじゃねえか」
「遅くなってしまいました。……あら、みなさん立ち上がって、どうしたんですか?」
 伊之助の声に、慌てた様子の女性――神崎アオイが炭治郎たちに首を傾げる。
「帯刀許可が下りたから、今から産屋敷家に取りに行くんだ。ごめんねアオイちゃん、お話出来なくて」
 特徴的な眉を下げて謝る善逸に、こちらこそ、と頭を下げる。そして禰豆子やあかねの方を見て、にこりと微笑みかけた。
「私も、伊之助さんからお話は聞いております。禰豆子さんもあかねさんも、暫くゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう、アオイさん」
 礼を言う禰豆子に、アオイは一つ頷いて三人の青年に向き直った。合わせて、あかねも背筋を伸ばす。
「伊之助さん」
「兄さま」
「お兄ちゃん」
「みんな、気をつけてね」
 カナヲと禰豆子も、背筋を伸ばした。
「ご武運を」
 声を揃えた女性たちに、三人は力強く頷いた。