いつか混沌の海で

 

by wwr

 
- 前編 -
 
 
切り立った断崖のうえに座って、僕はそれを待っていた。
「あ~ふう。い~いお天気ですねえ…」
動くものひとつない静かな峡谷に、ただ風だけがふいてゆく。
やがて、晴れわたった空の一角に、いくつもの小さな点が現われた。それは、見る見るうちに近づき、ドラゴンの大軍団となっていく。
「ほう…。これはこれは」
つぶやいて、僕はゆっくりと立ち上がった。青空はみるみるうちに、ドラゴンたちの黒と金とに染め分けられてゆく。
強大な力と、生命力にあふれた波動が力強く伝わってくる。
僕は、それを受けとめ、これから起こることへの期待に、口元がほころぶのを感じた。
すいっ。
右腕をのばし、指一本に魔力をこめる。そして、腕をひとふりして魔力を解き放った。
―全てのものに、滅びを!―
しゅぱぱあん。
閃光とともに、はじけとぶドラゴンたち。金のドラゴンも、黒のドラゴンも、赤く血に染まり地の底へと落ちてゆく。
死にゆくドラゴンたちの恐怖、憎悪、絶望。
極上の負の感情。
それら全てを食いつくして、僕は自らの力とする。
「楽しませていただきますよ」
二度、三度。僕は攻撃をくり返した。抵抗する間すら与えられずに死んでゆくドラゴンたちの無念さが、僕にさらなる力を与える。
どぅごおおお………。
いくつもの断末魔の悲鳴に、僕は陶然として耳をかたむけた。


やがて峡谷は、再び静けさをとりもどした。
「あっけないものですね」
竜族の中でも、強さで知られる黒竜と、ドラゴン・ロードの異名をとる黄金竜。その大軍団をもってしても、僕たち魔族の力の前では、たあいもなく滅びさる。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
その時、アストラル精神世界に跳ぼうとした僕に、力ある言葉が放たれた。
「ぐはあっ!」
白い光の刃が、左肩を切り裂く。
精神生命体である僕ら魔族の体を、こうもやすやすと切り裂くとはっ。
―これは、神聖魔法?―
顔を上げると、そこには一人の少女の姿があった。
短く切りそろえた銀色の髪。水色の生地に、銀の刺繍で神聖文字を縫いとった、巫女の服。
いや、人の形をしてはいるが、これは竜族。しかも、よく知った顔の…。
「おや、ディアナさんじゃありませんか」
彼女は無言で、僕に鋭い視線をむける。
「いけませんねえ。水竜王の巫女であり、戦士でもある方が、後ろからふいうちなんて……」
左肩をおさえながら、僕は体勢をたてなおす。
「おだまりなさい。ゼロス」
低い声で、ディアナは再び呪文を唱える。
手にしたロッドから放たれる白い光の刃。
いつもなら、なんなくよけられるのだが、最初に受けた一撃がきいていた。
「うっっ」
直撃こそ避けたものの、かすっただけでかなりのダメージをくらった。
―まずいですね。これは―
僕は、戦いかたを変えることにした。
「いいんですかディアナさん、こんなところにいて。ドラゴンの軍勢はとっくに壊滅しちゃいましたよ」
ぴくっ。
それまで無表情だったディアナの顔が苦しげに歪んだ。
「だまりなさい、ゼロス」
震える声とともに、彼女から憎しみの波動がにじみだす。
もっとそれが欲しくて、僕は言葉を続けた。
「全くあなたのお陰でうまくいきましたよ、ディアナさん」
「だまりなさいっ!」
悲鳴のような叫び。あふれだす悲しみと後悔。
僕はそれを吸い込んで精神世界アストラルへ跳んだ。
次の瞬間、彼女の後ろに出現し、錫杖を振りおろす。
きいいん。
彼女は、間一髪ロッドでそれを受け止めた。
「よくも…よくも私をだましてっ!」
「だましてなんか、いませんよ」
ざんっ。
ロッドから放たれる白い光の刃。僕はそれを、錫杖のひとふりでなぎ払う。
「僕はただこう言っただけです。水竜王の神託を、ミルガズィアさんに伝えるのを、ほんのすこし待ってくれたら、竜族への攻撃は考え直してもいい…とね」
「では、さっきの虐殺はなんだというのっ」
ぎゅいんっ。
光の刃を今度はかるくうけながす。
「考え直して、やっぱりやめたんですよ。竜族を生かしておく、なんて無駄なことはね」
「無駄ですって…」
「だってそうでしょう。あんな大軍で来ておきながら、僕ひとりに手も足も出ないんじゃ、利用する価値なんてありませんからね」
「こ…の…魔族がっ!」
渦をまく怒り、悲しみ、後悔の念。その中にひとすじ混じる奇妙な想いに一瞬気をとられ……。
ごおおおおっっ。
すさまじい勢いであたりをなぎ払う、閃光の吐息レーザー・ブレスをよけきれず、僕は大地に叩きつけられた。
「ぐううっ」
回復しきれなかった左肩に亀裂が広がる。
苦痛をこらえ立ち上がろうとした僕の目の前に、輝くロッドが突きつけられた。