世界の果て

 

by M

 
- 後編 -
 
 
 すべてが終わった。
 しかし、その爪跡はかなりのものだった。
 もっとも、それは常のリナの放つ魔法くらいのものだったが。
「説明……してくれるわよね?」
 リナは、かなりご立腹だった。
 その側では、何か判っているのかいないのか。よく判らないガウリイがいる。
「そう言われましても……。
 リナさん、この世界が穴だらけだと言うのは。ご存じですか?」
「は?」
 リナの眼が点になったとしても。それは、別に攻められるべき事ではない。
 もっとも、すぐに立ち直ったリナが理解するのに時間はかからなかったが。
「そうでしょうね。
 1000年前の降魔戦争。それ以前からある神魔戦争。もっとさかのぼれば、世界創造戦争ってのもあったっって言うじゃない?
 その上、つい最近じゃ異世界の神と魔の融合体まで来てるんだし……そう言う意味では、確かに穴だらけなんでしょうね。この世界は」
「理解が早くて助かります。
 で、とどのつまり。ああして、千恵さんの様に異なる世界から迷われて来てしまう方って。結構多かったりするんです。
 で、神々と魔族が協力して。出来る限りもとの世界にお返しする事となっているのです」
「どういう事なの?」
 ゼロスの説明によれば。
 世界は、確保された固定観念に乗っ取っているわけではなく。かなり曖昧な部分で形成されていると言うのである。
 勿論、それはその主軸にして世界の王たる存在が。実はかなりいーかんげんかも知れないとか、その実とっても大ざっぱかも知れないとか。
 まあ、そう言う事もないわけでもない。
 そして、世界と言うのは一つの世界だけで出来ている訳ではない。
 リナも体験した異世界の魔王と神の融合体でも判る様に、たとえば。この世界は他の。最低3つの世界とリンクしているらしいのだ。もっとも、ゼロスやその上司と言えどあっさり行き来出来るわけでもなく。かなりの力を必要とするわけだが。
 そこで登場するのが、歴史に残る戦争の爪跡である。
 そこでは莫大な力が消費され。長い時間をかけてゆっくりと修復を続けてはいるものの。だからと言って、簡単に収まるわけではない。
 それを、『穴』と呼んでいる。
 そして、時折。なんの関係も因果もない存在が、『穴』を通って別の世界にさまよい出てしまう事もある。
 要約すれば、そんな感じである。
「ただし、世界を越えるには様々な副作用が起きます。
 千恵さんの場合は、記憶を失った事で清々され。魂が浄化されてしまった事によって。この世界と呼応してしまったのでしょうね」
「で? あの変な杖はなんなの?」
「あれは、『紫の剣』と言います」
 それがゼロスの知る限りの歴史上に現れたのは。それほど遠い昔の事ではない。
 ただ、出自がまったく不明と言う事をのぞいては。
「性質上、女性と美しい音楽を好みます。刀身はそれ事態で攻撃をする事も可能ですが、横笛とする事も出来ます。
 一種の魔族みたいなもので、契約者たる主の望むままに姿を変え。その力は、一撃で山をも切り裂きます」
「なんで、そんな事わざわざ教えてくれるの?」
 リナの疑問はもっともだった。
 仮に、リナが入手してしまえば。魔族にとって驚異になる事は明白だ。
「それは……ありえません」
「なんでだ?」
「あれは一種の魔族。つまり、自意識を持っています。
 普段はいずことも知れぬ所へ封印され、自らの存在を完全にこの世界から孤立させていますが。さきほどの様に、自らを取るにふさわしい存在が現れると。ああやって自ら現れます」
「つまり、リナは選ばれなかったって事だな」

 ぼぐぅっ!

「お……まえ……」
「うっさいよ、ガウリイ」
 リナの一撃が、ガウリイのボディにヒットした。
 選ばれなかったと言う事実が、それなりにプライドを傷つけたのだろう。
「いえいえ。選ばれなくて本当に良かったんですよ。
 何しろ、先ほども言いました様に。あれは女性を好みます。おまけに焼き餅焼きなんです。
 主人たる契約者に、心に決めた存在でもあろうものなら。
 次の瞬間、その相手はチリも残さず消滅させられている事でしょう」
 リナはぞっとした。
 何しろ、一振りで山を切り裂く事も出来ると言うものだ。確かに、それくらい出来るかも知れない。
「勿論、使い手の力量で変わるでしょうが。唯一、そうなったとしても回避する方法はあります」
「なんなのよ、それ」
「あれは『母』に弱いんです」
 笑いながら言うゼロスに、更にリナの眼が点になった。
 ちなみに、ガウリイはまだ腹を抱えている。
「女であれば、それは心変わりもあるかも知れません。しかし、『母』は自らを削り子を作りますからね。
 同じ遺伝子を持つせいか、手加減してしまうのか。主人の子供への愛情だけは、容認してしまう……と言う話です」
「誰から聴いたの? それ」
「それは……」
「秘密はなしだぞ」
 ぼそりと。だが、うめきながらも確実にガウリイが言った。
「仕方ないですねえ」
 少々寂しそうに、ゼロスが言う。
「あれを、この世界に持ち込んだ方からですよ」
「誰なの?」
「さあ……僕も、詳しいことは知らないんです」
 表情からは、ウソか本当かを読みとるのは難しい。
 しかし、ゼロスはこんな事でウソを着く必要が無いことは。リナにもよく判っていた。
「では、僕はそろそろこれで。
 やっと当番が終わります。ご協力、ありがとうございました」

 しゅん!

 声をかける間も無く、ゼロスが消えた。
 まあ、特に用事も無かったので。リナとしては問題はなかった。
「それにしても……」
「なに?」
 ようやくリナのボディから立ち直ったガウリイが、何やら困ったような。難しい顔をしている。
「千恵って、帰れたのかなあ?」
「そう言えば……でも、大丈夫じゃないかな」
「なんで?」
「だって、生きてる。そんな気がする。
 生きていれば、きっと幸せになれるわよ。そうしたら、いつかきっと。
 千恵の世界に帰れるわ」
 リナ達は知らない。あの力の渦の中で、何が起こっていたのか。
 千恵が『紫の剣』を手に取らなかった理由を。
「じゃあ、千恵はどこから来たんだろう?」
 異世界だと。応えるのはたやすかった。
 けれど、少し考えて。
「もしかしたら……『世界の果て』かもね」
 そう言った。