流れる雲を追って

 

by wwr

 
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―剣だ―
―光の剣だ―
―あいつが持ってるよ―
―あいつなんかが持ってるよ―

さわさわさわさわ。
鬱蒼と茂る木々の間から、瘴気とともに気配がわきだす。

―なんにも知らないくせにね―
―なんにも持っていないくせにね―

さわさわさわさわ。
踏みしだいた草の間から立ちのぼる、悪意に満ちた気配。

―つぶれるよ―
―自分で―

「あの瘴気の森を抜けていくんなら、気をつけるんだな」
昨夜泊まった宿屋のおやじの言葉を思いだす。
「妙な気配につかまって、おかしくなっちまう奴もいるって話だ」

―つぶされるよ―
―自分に―

にじみだした汗で、髪が首筋にへばりつく。
うっとうしい。

―斬ったんだよ、あの剣で―
―殺したんだよ、あの剣で―

さわさわさわさわ。
さわさわさわさわ。

姿の見えないざわめきが、体にしみついた記憶をよびさます。
剣で切りさいた肉の手応え。
むせかえるような血の匂い。
断末魔のあえぎ声。
そして、支払われた金貨のにぶい輝き。

さわさわさわさわ。
さわさわさわさわ。

ゆらり。
目の前で、瘴気がゆっくりと形をとって、オレの前に立ちふさがった。
「ガ…ウ…リイ…」
腹から流れる血も、折れた剣も、オレが斬ったそのままの姿で立つ、昔の仲間の形をしたもの。
―よぉ、久しぶりだな…ギフォード―
後悔だとか、恐怖だとか、そんなものは浮かんでこなかった。
オレは、オレの前にたちふさがったそれに、ただ剣を振りあげ、振りおろした。
あの時と同じように。


瘴気の森を抜けたオレの目の前に、ふいに白い街並みがひろがった。神聖樹フラグーンに守られるようにしてにぎわう街、サイラーグ。
昨夜宿屋で手に入れた「傭兵募集」の貼り紙をもって、オレはサイラーグの役場へ向かった。
「…で、仕事ってのは?」
「あぁ、この街の近くに、盗賊団が住みついていましてね。その盗賊退治です」
「ふ~ん、報酬は?」
「金貨10枚。宿と食事はこちらで用意しますよ」
「う~ん……」
小さい仕事だが、悪くはない。
フトコロもさみしくなってきたところだし、メシと宿がついてるっていうのは、ありがたいよな。
「いいぜ、引き受けよう」
役人にしては愛想のいいそいつは、、ペンと書類を差し出した。
「そうですか、では、ここにサインを」
「ああ」
さらさら書いて、書類を返す。
「ガウリイ=ガブリエフ?…あの英雄と同じ姓ですね」
「いやぁ、はははっ」
とりあえず笑っておこう。
「では、実行は明朝。早くに街道沿いの見張り塔に来てください」
「ああ」
「それから、傭兵用の宿舎は今いっぱいでしてね、あなたには、ここの神官長さんの家に泊ってもらいます。なにかありましたら、連絡をください。私はモーガンといいます」
「わかった」
「ではよろしく」
役場を出たオレは、教えられたように、神官長さんとかの家を探しはじめた。
が……。
「どこだ、ここは…」
ものの見事に迷っちまった。
オレは、方向感覚は悪い方じゃないが、このサイラーグの街は、まるで迷路だ。
とんっ。
んっ!?
背中に何かあたった感じがしてふりむくと、足元に栗色の髪のぼうずがころがっていた。
「なんだ、大丈夫か?」
「うん。ごめんよ、お兄ちゃん」
「なーに、気にすんな。そうだ、ぼうず。お前、神官長さんの家って知ってるか?」
ぼうずは少しむくれて答えた。
「おれの名前はサーニン。ぼうずじゃないよ」
「そうか、おれはガウリイっていうんだ」
ひょいっとそいつを持ち上げて立たせてやる。
「じゃあサーニン、知ってるか?」
「うん、知ってるよ」
「どっちだ?」
「あっち、ついてきなよ。連れてってやるからさ」
そう言うと、サーニンは元気に走りだした。
オレはあわててその後を追いかけた。
店が並ぶにぎやかな通り。道を一本はずれれば、曲がりくねった細い路地が迷路のように走る。そこをサーニンが、小犬のようにかけていく。やがてオレたちは、街外れの瀟洒な家に辿りついた。
「ここだよ」
「そうか。ありがとう」
「お兄ちゃん、神官長さんに何の用なの」
「ん、ここですこしばかり、世話になるんだ」
「ふうん…。じゃあね」
「おうっ、ころぶなよー」
オレはまた、元気よく走っていくサーニンに手をふり、門をくぐった。
コンコン。
「はい」
ノックに応えて扉を開けたのは、長い黒髪のなかなかの美人。
「あの、どなたでしょうか」
首をかしげる彼女に、笑顔で答える。
「オレはガウリイ、こんど役場でやとわれた傭兵だ。こっちに行くように言われたんだが…」
「あぁ、はい。伺っていますわ。どうぞ、ガウリイさん」
彼女はにっこり微笑んで、オレを家の中に招き入れた。
「わたくし、シルフィールと申します」


「あ~、食った、食った」
シルフィールが出してくれた昼食をたいらげて、オレは中庭に出た。メシもうまいし、悪くない仕事かもしれないな、今度のは。
「さて…と」
木陰にすわって、手入れがてら剣を抜いてみる。一点の曇りもなく、冴えわたる剣。
「なんで、『光の剣』なんて言うんだろうな」
オレの家に代々伝わってきた家宝の光の剣。
確かに切れ味も、バランスも申し分ない…が、どう見ても普通の剣だ。
ただオレは、ガキのころからなんとなく感じていた。この剣がもつ力の脈動のようなものを。
なんで、オレなんだろうな…。
この剣さえなかったら…。
「ガウリイ兄ちゃんっ」
んっ!?
いきなり元気な声に呼ばれて顔をあげると、さっきのぼーずが塀によじのぼって、手を振っていた。
「よお……」
え~っと、あいつ名前はたしか…。
思い出そうとしているうちに、ぼーずは塀を乗り越えようとして…。
ころんっ。
足をすべらせた。
うわわっ!!
慌てて駆けより、間一髪で抱きとめる。
「まったく、お前はっ!、ひやひやさせやがって!」
「おれはサーニンっ、お前じゃないっ」
お、そうか。サーニンだっけ。
口もとが緩んでくるのを、わざとにらんで言い聞かせる。
「なんだって、あんなとこに登ったんだ?危ないだろうが」
「ん~~、あ、あった」
サーニンはオレの腕から飛び下りると、放り出したままの光の剣に駈け寄っていった。
「あ、おいっ」
「かっこいいよなぁ、ねぇ、ちょっとさわらせてよ」
「だめだ」
剣を拾いあげて、鞘に納める。
「なんでぇ、いいじゃん、ちょっとだけ」
「だ・め・だ。子供がさわるもんじゃない」
「ちぇっ、け~ち」
諦めきれない顔で、サーニンがオレを見上げる。
「ねぇガウリイ兄ちゃん、しってる?昔、この街に光の剣をもった英雄がいたんだよ」
「…ああ、聞いたことがある」
耳にタコができるくらい、聞かされたなぁ、ガキのころ。
「かっこいいよなぁ、おれも大きくなったら、うんと強くなって、魔獣や悪いやつをやっつけるんだ」
「そうか…」
ぽんぽん。
サーニンの頭に手をおく。その手をサーニンが掴んで、ぐいぐいとひっぱった。
「ねぇ、おれに剣をおしえてよ」
「う~ん、そうだなぁ」
「ねぇってばぁ」
「ガウリイさんを困らせては駄目よ、サーニン」
振り向くと、シルフィールが立っていた。
「ガウリイさんは、明日お仕事なんだから」
「ふ~ん、あ!盗賊退治だろ。でも、トクベツリョウキンはらえばおそわれないって…・・」
「サーニン…」
困ったような顔でシルフィールがたしなめる。
まぁ、よそ者のオレには聞かれたくない話なんだろうな。
「お茶にしませんか?ガウリイさん」
「ああ、いいな」
中庭に置かれたテーブルに、シルフィールが茶の用意を整えはじめた。カップを並べ、手際よく香茶をいれるその手元から、サーニンが菓子をつまんで口にほうり込んむ。
「まぁ、サーニン。お行儀が悪いわよ」
「へっへー」
木洩れ日の中で、シルフィールが微笑む。
サーニンがはしゃいで駆けまわる。
久しぶりに見た、平和な情景。
悪くない仕事かもな、こんどのは。


翌朝、まだ白い朝もやがのこる街並みをぬけ、オレは見張り台に向かった。着いてみると、もう10人近い奴らが集まっている。
互いを値踏みの目で見る傭兵の集まり。
次に出会うときは、敵か味方か。いや、生きてまた出会う時があるのか。そんな傭兵たちの中から、短い黒い髪、黒い瞳の奴が声をかけてきた。
「よぉ、あんたもお仲間かい?」
「あぁ」
「俺はガンツってんだ、よろしくな」
年は俺と同じぐらいか。いくつもの傷跡が残る腕を、そいつがさしだす。いくつもの修羅場を生き抜いてきた奴の腕だ。
「ガウリイだ」
オレは、その腕をとらずに答える。
「ちょ…まぁいいさ。ところであんた…」
苦笑しながら、ガンツが言う。
「街の連中に何か聞いたかい?」
「なにをだ」
「この盗賊団のことに決まってんだろ」
「べつに…」
「ふ…ん」
胡散臭そうな目を向けるそいつに、今度はオレが聞く。
「なぜオレに声をかけた?」
にやっと笑ってガンツが答える。
「この中じゃ、あんたが腕がたちそうだからさ」
「……」
「ま、こんなチンケな仕事でケガでもしちゃつまらんしな。お互い気をつけようぜ」
そう言うとガンツは、さっさと歩き出した。
盗賊退治は、拍子抜けするくらい簡単だった。
見張りもいない、アジトというには貧弱な谷あいの小屋。
新米の兵士に毛がはえたぐらいの雑魚ども。
こんなんで、ちゃんと盗賊やってこれたのか?
他人事ながらあきれる。まぁ、真面目にこつこつと盗賊稼業にはげまれても困るが。
子分どもは、もうあらかた片付いた。あとは、親玉を残すのみ。が、こいつが手強い。
ぐいぃんっ。
子供の背丈ぐらいあるバトル・アックスを軽々と振り回して、近寄る隙がない。
「畜生っ!!あの野郎っ、裏切りやがったなっ」
ざすっ。
力まかせに振りおろされたバトル・アックスが、足元の地面をえぐった。
飛びのいてそれをよけ、脇を駆け抜ける。
前かがみになったそいつの、腹を狙って剣で横に薙ぐ。
ぎゃりぃぃんっ。
「さんざん俺らを利用しやがってっ!!」
そいつは片手で斧をつかんで、オレの剣を受けとめた。
―はやいっ―
見かけによらない素早い動きに、剣を構え直す。
振りかぶった斧をよけようと、後ろにとびさすり…。
とっ。
足をなにかにとられてオレはよろめいた。
「死にやがれっ!!」
―まずいっ!―
ざいんっ。
「が…あっ…」
バトル・アックスが地面に転がった。
肩から背中をざっくりと斜めに斬られて、地面に倒れたそいつの後ろに、不敵な笑いを浮べて立つ人影。
「ガンツ…」
「よお。大丈夫かい、ガウリイ」
ごろり。
ガンツは、もう動かない親玉の体を、かかとで蹴ってあお向かせた。冷静な目が、息の根が止まっていることを確認する。
「なぜ殺した?ガンツ」
「おいおい、それが命の恩人にいうセリフかい?」
「役人に突き出せばすむことだろう」
「同じことだろうが」
死体をはさんでにらみ合うオレたちの耳に、悲鳴が響いた。
「シドーーーっ!!」
魔道士のマントをはおった女が、ガケの上から舞いおりた。そして女は糸が切れたように地面に落ちて、親玉の体にとりすがる。
「起きてっ、ねぇ、起きてよっ。シドっ」
もう動くことのない大きな体を、細い腕がゆさぶる。
オレは前にも見たような気がする、こんな光景を。
かちゃり。
ガンツが、剣の柄を握りなおした。
「よせ…」
「甘いぜガウリイ。この女も盗賊の一味だ」
「オレはここに魔道士がいるなんて聞いちゃいないぜ。それに…」
不審の目をむけるガンツに言葉をつづける。
「ばあちゃんの遺言なんだ。女子供には、やさしくしろってな」
一瞬きょとんとした顔をして、ガンツが苦笑した。
「まったく、しょーがねーな。あんたってヤツは」
オレは、血に染まったバトル・アックスを拾い上げた。
「こいつを証拠に持ってけば、役人連中も納得するだろ?雑魚どもも、とっ捕まえたわけだしな」
あとはうまいメシを食って報酬をもらえば、それで今度の仕事は終りだ。
「まあ…な」
泣きくずれる女魔道士を、横目で見てガンツがつぶやいた。
「行こうぜ」
「おう…」
生き残った雑魚をまとめてひっくくり、オレたちは、盗賊団のアジトだった場所をあとにした。