流れる雲を追って

 

by wwr

 
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その後サイラーグの街中で、いろいろとごたごたあったらしい。
オレも足止めをくらって、役人たちにいろいろ聞かれたが、ガンツやシルフィールの証言してくたれこと、そして「光の剣」を持っていたことで、なんとか解放された。
やっと街が落ち着きを取りもどしはじめたころ、オレは役場を訪れた。
「よお、あんたも報酬の金を受け取りに来たのかい、ガウリイ」
役場のモーガンの部屋の前で、知った顔が出迎えた。
「お前もか。ガンツ」
「まあな、でもケチくさいぜここの連中はよ。あんな騒ぎがあったってのに、これっぽっちじゃな」
「そういう契約だったからな」
「契約か。ガウリイ」
「なんだ?」
おしころした声で、ガンツがつぶやく。
「俺たちは傭兵だ。深入りするんじゃないぜ」
「……」
それには答えず、おれはモーガンの部屋に入った。
ノックもせずに入ったオレを、モーガンはあの人当たりのいい笑顔でむかえた。
「これはこれは、ガウリイさん。ご苦労様でした、これがお約束の報酬です。」
じゃらり。
無造作に小さな革袋が机に置かれる。
オレはそれに視線をおとし、それからモーガンを見た。
「どうしました?」
「あんた、だったんだな」
「なんのことでしょうか」
モーガンは笑顔をくずさず問い返す。
「あんたが、黒幕だったんだな」
「何を言っているのか、分かりませんな」
やわらかな物腰と、人の良さそうな笑顔のむこうに、傲慢さと自信が見え隠れする。
がちゃり。
オレは剣の柄に手をかけた。モーガンの顔から笑みがすっと引く。
「…なんの…つもりですかな」
なんのつもりもない。オレはただ思い出していた。
盗賊の親玉のこと、名前も知らない女魔道士のこと、そしてオレの腕の中で冷たくなっていった小さな体のこと。
ぎりりっ。
剣を握った指に力がこもる。
低い声がオレの口から洩れた。
「……あんた…だったんだな……」
「ひっ」
モーガンがひきつった声をあげる。
こいつは、なにをそんなに怖がっているんだろうな…。
「な、なるほど。少しは頭があるようだな。だが、傭兵に頭はいらんよ。ほら、これが欲しいんだろう?」
そう言うとモーガンは、ずっしりとした革袋をふところから取り出した。
「なぜだ…」
「ふっ、役人の給料なんて知れたもの。私はただ自分の役職に見合った収入を得ていただけのことだ」
「盗賊連中を利用して、か?」
「いけないかね?」
「だ、そうだ。シルフィール」
かちゃり。
扉を開けて入ってきたシルフィールが、モーガンの前に進み出る。
「お話はすべてお聞きしました。モーガンさん」
「ぐっ……」
にらみつけるモーガンに一歩も退かず、シルフィールは凛とした声で言葉をつづける。
「あなたのしたことは、とうてい許せるものではありません。法の裁きをうけていただきます」
シルフィールの後ろから入ってきた役人たちが、モーガンの肩をつかんで、引きたてていく。
「ふっ、いいだろう」
モーガンは不敵な笑いをうかべて、連行されていった。
「あれでよかったのか?シルフィール」
「ええ、ありがとうございます。ガウリイさま」
「いや、オレは…」
オレはなにもしていない。
以前から、モーガンに「特別料金」を支払えば、盗賊に襲われない、という噂があったらしい。逆に支払いを断った商人が、街道で襲われたという噂も。
そして、半年以上も盗賊退治の要請を放っておいたモーガンが、急に熱心に盗賊退治を始めたことを、シルフィールは不審に思っていたんだそうだ。
あの事件の後、街の人たちから情報を集め、オレの話とつなぎ合せ、モーガンが全ての黒幕だったのでは、とシルフィールは確信を持った。が、証拠はない。それでオレに相談をもちかけて、この役割を決めたというわけだ。
オレがモーガンに口を割らせる。
シルフィールが役人と一緒にそれを聞き届けて証人になる。
全部シルフィールが考えたことだ。オレはなにもしていない。
「あいつは、これからどうなるんだ?」
「取り調べを受けて、法の裁きを受けることになるでょう。でも…」
「でも?」
「モーガンさんには、有力な親族がついていますから……」
そう言うとシルフィールは唇をかんだ。
「そうか……じゃあ、オレはこれで」
「ガウリイさまは、これからどちらへ?」
「ん~、また腕を磨きながら、あちこちまわってみるさ」
「そんな、ガウリイさまはお強いですわ、とっても」
「シルフィール……」
「はい…」
好意に満ちた瞳。
かすかに染まった頬。
オレが受け取ってはいけないもの。
「メシ、うまかったぜ。ごちそうさん」
「いえ…」
少し寂しそうに微笑むシルフィールに、オレは別れを告げた。
「じゃ、元気でな」
―ごめんな…―


夜。獣の爪のように細く鋭い三日月が、オレの足元におぼろな影を作る。
サイラーグへ続く裏街道。それでも昼間は、行きかう人や馬車があるが、こんな真夜中に通るものはいない。
いるとすれば、よほどの急ぎの用事のある奴か、人目を忍ぶ奴らだけだ。
ガラガラガラッ。
サイラーグの街の方角から近づく馬車の音。
やっぱり来たか。
オレはゆっくりと街道の真ん中に歩み出た。
ガラガラガラッ。
ひゅっ、ひゅっ。
馬の足元を狙って、小石を弾く。
ひひぃぃぃぃぃんっ!!
驚いた馬は棒立ちになり、馬車から男たちが飛び下りた。
「何者だっ!!」
「盗賊かっ!?」
きんっ!きぃんっ!!
答えのかわりに剣を一閃する。
刃が月光をうけてきらめく。
どさっ。
地面に倒れた奴等の間を通り、馬車に近づいたオレの前に立ちふさがるもの。
「どけ、ガンツ」
「やれやれ、深入りするなと教えてやったのにな。ガウリイ」
そう言って、すらりとガンツは剣を抜く。
「いつから、こいつに雇われている?」
「始めっからさ。邪魔になった盗賊連中を片づけたいが、妙なことをべらべらしゃべられちゃまずい。だから『盗賊退治』の名目で殺っちまおうってのが、モーガンの旦那の狙いだったってわけだ」
世間話でもするような調子でしゃべりながら、ガンツは剣を構えた。
「最初から、皆殺しにするつもりだったのか」
「まあな。あの時、あの女もたたっ斬っときゃ、きれいに片がつくはずだったんだが……。あんたの甘さは計算外だったぜ。ガウリイ」
ひたりっ。
剣を正眼に構えてガンツと向き合う。
ガンツの剣の切っ先が、さそうように上下にゆれる。
ざわり。
夜風が木々をゆらす。
気が満ちる。
―来るか―
次の瞬間、ガンツはだらりと剣をおろした。
「…何のつもりだ。ガンツ」
「おいおい、俺は傭兵だぜ。あんた相手にあれっぽっちの報酬じゃ割にあわん」
けろりと言うとガンツは剣を納め、馬車に向かって声をかける。
「そういうことだ。悪いが俺はこれで降ろさせてもらうぜ」
「お、おいっ、待てっ」
馬車の中から響くあせったような声には耳も貸さず、ガンツはすたすたと歩き出す。
「あばよガウリイ。あんた、この稼業にゃむいてないぜ」
振り向きもせずにそう言って、ガンツは夜の街道を去っていった。
オレはそれを無言で見送り、馬車の扉に手をかけた。
「こんな夜中にどこへ行くんだ?モーガン」
扉を開けると、引きつった笑いを浮べたモーガンが、へたりこんでいた。
おおかた有力な親族とかのコネで、裏から手を回して釈放されたんだろう。あとはどこかに身を隠して、ほとぼりが冷めるのを待つ。
よくある話だ。
「な、なんだ。ガウリイ。お前とはもう何の関係も…」
衿首をつかんで、モーガンを馬車からひきずりおろす。
「どこへ行くんだ?モーガン」
「ひっ、か、金か?金ならやる。だっ、だから見逃してくれっ」
あたふたと懐を探るモーガンに、オレは昼間受け取った報酬の革袋を放った。
「返すぜ」
「え…」
反射的に手を伸ばすモーガン。
金貨を撒きちらしながら、革袋が弧を描いておちる。
オレは、それに向かって剣を振り下ろした。
チャリーン。
チャラチャラチャラ。
倒れたモーガンの体から流れる血が、地面に黒い染みをつくる。
あたりの闇よりまだ暗い、オレが作った黒い血だまり。その中にちらばった金貨が、月の光をうけてにぶく光る。
オレは血でぬれた金貨を一枚拾いあげた。
これが、オレの受け取るものだ。
伝説の剣を血で染めて、人を殺して、この手に残るものは……。
きっと他の生き方は、オレにはできないんだろうな。
この剣だけを持って、家を飛び出したあの時から。
オレは、街道に転がるいくつもの体を見渡した。
斬って、殺して、いつかオレも誰かに斬られる日がくるんだろう。
どこかの戦場か道端にオレの体が転がって、誰にも知られずに冷たくなっていく日が。
まぁ、悲しむ奴がいるわけじゃなし、それもかまわんさ。
「オレには……」
なにもない。なにも持たない。それでいい。
ただ……、この胸の冷たいものは、溶けることはないんだろうか……。
リーリーリリリリリリー。
チリリリリ・チリリリリ。
辺りの草むらから、虫の声が響く。
細い三日月は雲にかくれ、あたりは闇に包まれた。
リーリーリリリリリリー。
チリリリリ・チリリリリ。
虫の声は、いつまでも夜の街道に響いていた。


「よおっ、ガウリイじゃないか。どうだったい?サイラーグでの仕事は」
顔なじみの食堂に入ったオレを、気のいいおやじが、いつもの笑顔でむかえてくれた。
「ああ、まあまあだったぜ。メニューのここからここまで頼む」
「おうっ」
おやじは、注文した料理と酒をテーブルに置くと、そのまま座り込んでしゃべりだした。
「なんだよ、噂じゃレッサーデーモンが街で大暴れしたっていうじゃないか」
「へぇ~」
はぐはぐはぐ。
子羊の香草焼き。川魚のムニエル。小エビのサラダ。
「おまけに、それを退治したのが、あの伝説の光の剣を持った勇者だったって話じゃないか。お前さん見なかったのかい?その勇者様をよ」
「見なかったなぁ、勇者なんて」
はぐはぐはぐ。
くるみ入りのパン。鶏肉と野菜のゼリー寄せ。野菜のグリル・トマトソース掛け。
「それによ…」
おやじが声をひそめてこそこそとささやく。
「盗賊団とつるんでたらしい役人が、街道で殺されてたって話だぜ。大方、盗賊の生き残りか流れの傭兵にでも殺られたんだろうがな」
ごきゅごきゅごきゅ。
つぼから酒を直にあおる。
「ぷはぁっ。……どう違うんだろうなぁ」
「何がだい?ガウリイ」
「盗賊と、傭兵と、勇者と…」
ぶははははぁっ。
オレの背中をばしばし叩いて、おやじは大笑いした。
「まったく、お前さん剣の腕はいいのになぁ。全然違うだろうがよ」
「いたいなぁ」
オレは笑ってコップに酒を注ぐ。
「のむかい?おやじさん」
「あんたっ、いつまで油売ってるんだいっ。さっさと料理運んどくれっ!」
おかみさんに怒鳴れて、おやじは肩をすくめて席を立った。
「ま、ゆっくりしてってくれよ。ガウリイ」
「ああ」
ごくり。
酒をひと口流しこむ。

―盗賊も―
『なにさっ、偉そうに。人を斬って、金貰って』

―傭兵も―
『傭兵に頭はいらんよ』

―勇者も―
『ありがとうございます。街を、みんなを助けてくださって』

―どう違うんだろうな―

コップの酒を飲みほして、席を立つ。
「おやじさん、勘定ここに置くぜ」
「おう、また来てくれよ」
おれは軽く手をふって店を出た。
にぎやかな街。
楽しげに歩く人々。
簡単にこわれてしまう、平和な情景。
「きゃははははっ」
「こっちだよ~っ」
小犬のようにじゃれあいながら、子どもたちが駆けていく。
ふと足をとめて、オレはそれを目で追った。

『ねぇ、おれに剣をおしえてよ』
オレが守りたかったもの。

『ガウリイ兄ちゃんっ!!』
オレが守れなかったもの。

見上げれば、青く広がる空に白い雲が流れていく。
―空が……高いな……―
オレは流れる雲を追って、また歩き出した。


「オレはガウリイ。見てのとおり、旅の傭兵だ。きみは?」
「―あたしはリナ。ただの旅人よ」


流れる雲は、もう追わない。