流れる雲を追って

 

by wwr

 
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「ん~、うまい。シルフィールって料理うまいよなぁ」
「そんな、たくさん召し上がってくださいね。ガウリイさん」
はぐはぐはぐ。
その日の夕メシは、えらく豪勢だった。が……。
「なんでお前がここにいるんだ?ガンツ」
「いいじゃないかよ。こんな美人の手料理を一人占めする気か?」
「まあまあ、ガンツさんも盗賊退治に協力してくださったわけですから…」
エルクさんが、慌ててとりなす。まぁ、かまわんか。
「半年ぶりに、街の皆も枕を高くして眠れます。ありがとうございました」
「あの盗賊たちも、当分くさいメシを食うわけかぁ」
何気なく言ったオレの言葉に、エルクさんは首をふった。
「いえ、すでに全員処刑されたそうです」
そりゃまた、ずいぶん早いな。
「もう?でもまだ取り調べもすんでいなかったのではありませんの?」
驚きの声をあげるシルフィール。
もくもくと料理をたいらげるガンツ。
「調べるといっても、盗賊だということは、はっきりしているのだからと、モーガンさんが強く言われたそうでな」
「そんな……」
へぇ、モーガン?どっかで聞いたような…。
「あの…ガウリイさん」
「ん?」
「私、お聞きしたいことが…」
ためらいがちにシルフィールが言いかけたその時。
キケン!!!!
頭の中に鳴り響く警戒音。
「ふせろっ!!」
オレは、シルフィールを抱えてテーブルの下に転がり込んだ。
次の瞬間。
どごごごごぉぉぉんっ。
窓に無数の火の玉がぶつかり爆発した。
「きゃぁぁっ」
悲鳴をあげるシルフィールを抱えて、炎につつまれる部屋から廊下に飛び出す。
今のは火炎球、魔道士の襲撃かっ!?
「ガンツっ、そっちはっ!?」
「大丈夫だっ」
ガンツがエルクさんに肩を貸して走り出てきた。
「シルフィール、消火の呪文はっ?」
「使えます」
「よしっ、こっちは頼むっ」
オレは屋敷の外に飛び出した。
夜道にひるがえる黒いマントの魔道士姿。
「おいっ、お前!」
走りだしたそいつを追って、サイラーグの街を駆け抜ける。
逃げるってことは…あいつがやったんだなっ!!
やがて追いついてきたガンツとオレは、小さな家が並ぶ街の一角にそいつを追いつめた。
「もう逃げられないぜ。お前、何者だっ!」
ゆっくりと振りむいて、そいつはフードをはずす。憎しみのこもった瞳でにらむその顔は、盗賊のアジトで見た女魔道士だった。
「へぇぇ、勇者様が二人もおそろいとはね…」
「何の真似なんだ、これは」
「決まってるじゃない。見逃してくれたお礼に来たのよ」
唇だけが笑みの形にゆがむ。
「礼?…」
「ちっ」
横でガンツが舌打ちをする。
「やっぱりあの時、たたっ斬っておけばよかったぜ」
「なにさっ、偉そうに。人を斬って、金貰って…あたしたちと同じじゃないっ!!」
ずいっ。
ガンツが剣を抜いて一歩前に出る。
「言っとくがな、俺はガウリイとはちがうぜ。女だろうが容赦はしねえっ」
おびえる様子もなく、彼女は短剣を抜いた。
なんのつもりだ?
「おいおい、そんなんで俺らを相手にする気かよ?」
「はっ、まさか。これはこう使うのよっ!!」
そう言うと彼女は自分の手首を切り裂き、高々とその腕を掲げて叫んだ。
「我が血、我が肉、我が魂を贄として、出でよ闇の獣達っ!!」
ぐぅるるるるる。
言葉に応えて、彼女の背後にいくつもの影が生まれる。
赤く光る目。
黒い巨体。
あたりの空気を闇より黒い瘴気で染めあげるそいつらは。
「レッサーデーモンかっ!!」
一匹や二匹ならともかく、この数のレッサーデーモンを二人で相手にするのは、かなり苦しい。それに場所が悪すぎる。
「ガンツ…魔道士協会の場所はわかるか」
オレはレッサーデーモンたちから目を離さずに、ガンツに声をかけた。
「ああ、じゃ、ひとっ走りして、魔道士どもをたたき起こしてくるとするか」
「たのむ」
オレは剣をぬいて、一歩前に進み出る。
「俺が戻るまで、死ぬなよ」
ガンツのつぶやきと、走りさる足音を背中で聞いて、オレはレッサーデーモンたちと向かい合った。
「逃がすんもんかっ、行きなっ、お前たちっ!!」
血に染まった腕を振りあげて、彼女が叫ぶ。
ぐわぁぁぁっっっ!!
彼女の流す血と、たぶん怒りと悲しみに反応して、レッサーデーモンたちが動き出した。
あいつら相手に半端な傷をつけるような攻撃は逆効果だ。やるなら、一撃で倒すしかないっ!!
たんっ。
大きく前に跳ぶ。
オレは一匹のレッサーデーモンの喉元に、ふかぶかと剣を突き立てた。
ぐぎゃぎゃぎゃぁぁっ。
振り払おうとするそいつの腕をよけ、そのまま剣で首を切り裂く。
ぐぎゃぁぁっ。
一瞬赤く光る目がオレをにらみ、そいつは地面に倒れた。
「へえ、結構やるじゃない」
声のする方に目をやると、家の屋根から、彼女がオレを見下ろしていた。
月の光に照らされた、血の気のない白い顔。
憎しみだけに支えられて、やっと立っている細い体。
「でも、いつまで持つかしらね」
がきっ。
後ろから振りおろされた太い腕を剣で受けとめる。
レッサーデーモンの黒光りする爪が、剣をつかんだままオレの目の前に迫る。
お前らと力くらべする気はないぜっ!
ふり払おうと、剣を横にひねって力を入れた瞬間。
ぱきぃぃん。
刃が折れた。
「なっ!?」
とっさに地面を転がり、レッサーデーモンの一撃をさけた。そのまま物陰にとびこんで、身をかくす。
「うそだろ…」
手の中の折れた剣を呆然と見る。伝説の剣が、こんなに簡単に折れていいのかよ。
「どこに隠れたのさ、出といでっ!!」
そう言われてもなぁ。
「出てこないんなら…。お前たち、やりなっ!!」
!?……。
物陰から様子を見ると、レッサーデーモンたちの間に気がふくらみ、そして数え切れないほどの炎の矢があたり一面に放たれた。
きしゃぁぁぁぁっっ!!!
ぼんっ。
肩を寄せ合うようにして並ぶ、ちいさな家が炎につつまれて、みるみるうちに、あたりは火の海になる。
「火事だぁっ」
「逃げろぉぉっ」
飛び出してきた人たちに、レッサーデーモンが襲いかかる。
「うわぁぁっ!!」
デーモンたちのうなり声の中に、悲鳴がとびかう。
「きゃぁぁっっ、助けてぇぇっ」
―まずいっ―
オレは物陰から飛び出して、一匹のレッサーデーモンの背中に、折れた剣を突き立てた。
「逃げろっ、早くっ!」
「あーーーっはははははっ」
うずまく炎と煙の中に、笑い声が響く。まるで泣いているような笑い声が。
「みんな…燃えてしまえ…」
折れた剣を引き抜いて振りあおぐと、あの女魔道士の体が屋根の上でゆれていた。
「あの人を殺した奴も、この街も、みんな…みんな…」
以前聞いたことがある。術者が自分の力を使い果たしたり、自分の精神をコントロールできなくなった時、よびだされた存在は暴走する、と。
「あはは・は・は・は……」
くたりと彼女が座りこんだ屋根に、レッサーデーモンの放った炎の矢がふりそそぐ。
「逃げろぉぉぉっ!!」
ごおおぉぉっっ。
ふきあげる炎につつまれて、彼女の体はもう見えない。
「くそっ」
なんでこんなことにっ。
折れた剣で、必死にレッサーデーモンたちの攻撃を避ける。
が、このままじゃ時間の問題だ。せめて剣があれば…。
炎と煙に追い立てられて、にげまどう人の流れ。その中から、ふいに聞き覚えのある声が響いた。
「ガウリイ兄ちゃーん」
レッサーデーモンたちの間をすり抜けて、必死に走ってくる小さな人影。
「ガウリイ兄ちゃんっ!!」
「くるなっ、サーニン!!」
助けを求めて、精いっぱいに手をのばすサーニンの姿が、一瞬レッサーデーモンの巨体にかくれて…。
ばしいぃっ。
ぽぉぉぉん。
小さな体は石畳に叩きつけられて弾んだ。
「サーニンっ」
夢中でかけよって、抱きおこす。
「しっかりしろっ、今…」
言いかけて息をのむ。赤く染まったサーニンの体は、もう動かなかった。
すこしずつ冷たくなっていく小さな体。
―オレは……―
抱いた腕のあいだからこぼれおちていく命。
―オレは、なにをしたんだ……―
ばしいぃっっ。
レッサーデーモンの一撃に、オレは抱えたサーニンごとふっとばされた。
「がふっっっ」
壁に叩きつけられて、一瞬意識がとおのく。
かすむ目で見れば、炎上するサイラーグの街を背に、レッサーデーモンたちの黒い巨体が、幻のようにうごめいている。
口の中に、血の味がした。
―なにをしているんだ…オレは…―
サーニンの体をそっと物陰に横たえる。
―オレは…なんのために…―
立ち上がって、折れた剣を見る。
熱い。
今までは、ただぼんやりと感じていた剣の脈動を、今ははっきりと感じる。
熱い。
熱い。
血が……熱い。
「光よ……」
しゃきぃぃん。
オレのつぶやきに応えるように、折れた刃ははじけとび、輝く光の刃がほとばしった。
あぁ、そうか。これが……光の剣なのか。
伝説の、家宝の、光の剣。
だから…どうだっていうんだ?
オレは……………。
遅いんだよっ!!
「うおぉぉっっっ!!」
レッサーデーモンの群れに向かって突進する。
ざいんっ。
振りかぶった光の刃で、真一文字に切り付ける。
があぁっ。
レッサーデーモンの巨体は、真っ二つになり地面に倒れた。
ぐるらぁぁぁっっ。
仲間の死に興奮したレッサーデーモンたちが、つぎつぎに襲いかかってくる。
なにもかもが、ひどくゆっくりと見えた。
吐き出された炎の矢をかいくぐり、レッサーデーモンの腕を斜め下から切り飛ばす。
血が熱い、なのに胸の奥はどうしてこんなに冷たいんだろうか。
血の熱さのままに、オレはただ剣をふるう。いくら斬っても胸の冷たいものは、溶けてはいかない。斬れば斬るほど胸の奥が凍りついていくようで。
だがオレには、斬ることしかできない。
ざむっ。
光の刃が、レッサーデーモンの首を叩き斬る。
昔、英雄はこの剣で魔獣を倒して、人々を救ったという。
だが、オレは?
斬って、斬って、斬って……そして?
もうなにも感じない。なにも考えない。
オレは目の前のレッサーデーモン達を、切り倒し、薙ぎ払い…気がつくと、夜は明けていた。
朝の光の中、まだ煙のくすぶる焼け跡に、いくつものレッサーデーモンの死体がころがっている。
「…さん、ガウリイさん」
振り向くと、心配そうな顔をしたシルフィールが立っていた。
手にした剣からは、もう光の刃は消えている。
「ガウリイさん、お怪我の手当てを…」
「ケガ?…」
リカバリー治癒をかけてくれるシルフィールの手元を、オレはぼんやりと見つめた。
「あの、ガウリイ…さま、ありがとうございます」
「え…」
「街を、みんなを助けてくださって」
感謝と憧れに満ちたまっすぐな瞳が、オレをみつめる。
オレは……君が思っているような奴じゃない。
「シルフィール…」
「はい」
「朝メシは、なにかなぁ?」
オレは、たぶん笑顔で言えたと思う。
「いやですわ。ガウリイさまったら」
おかしそうに笑うシルフィールとオレは、シルフィールの家に向かって歩き出した。