夜の情景 ― 前夜

 

by 眠林

 
 
セイルーンの王宮の一室で、女性達が嬉々として動き回っていた。
「リナさーーん。ドレス仕上がりましたよーー。試着お願いしまーーす」
「あ、その前に、お客様のお席に目を通して行って下さいね」
「なぁ、リナ~…」
「ちょっとぉ、シルフィール…。んな大した会をやるわけじゃないんだから、そんな仰々しい事しないでも………」
「だめです、リナさん。こういう事はちゃんとしないと…」
「……リナ~~~」
「きゃーーーーーっっ!!!。すごーーい、きれーーーい!!!!。とーさんに頼んで、王宮の出入の仕立て屋に作らせた甲斐がありましたよぉ(うるうる)」
「あらほんと。確かに良い生地だわ、こりゃ」
「リナさーーん。こんな時にまで商売っ気出さないで下さいよーー」
「………リナ~~~~~~~~」
何度目かに名前を呼ばれ、更に袖を引っ張られて、やっとリナは振り返った。
「何よっ、ガウリイ。あんたヒマなんだから、ちょっと待っててよっ!!」
「…だって…なぁ」
なおも言い募ろうとするガウリイの肩を、ぽんぽんとたたくものが居た。先ほどから、我関せずといった顔で、本を読んでいたゼルガディスだ。
「旦那、独身最後の日なんだ。男同士で飲もうぜ」
「~~~~~~~~(泣泣泣)」
涙目のガウリイが、ゼルガディスに引っ張られて消えていき、部屋は、楽しそうに立ち働く女達だけになった………。




やっと一通りの準備が済んで、リナは自分にあてがわれた客室に戻ってきた。早くもガウリイと相部屋にされているのは、アメリアの気の回しすぎであったが、さすがにもう、何も言う気にならなかった。夜着に着替えて髪を漉いているリナに、ガウリイは恐る恐る声をかけた。
「…なぁ………、リナ…」
「なぁに?。ガウリイ」
「………………ああ、良かった」
ガウリイの顔にほっとした色が浮かぶのを見て、リナは訝しげに首を傾げた。そういう所は、彼女も察しの良い方ではない。
「……??。何が『良かった』なのよ??」
「いや、別に………」
不器用に誤魔化してから、気を取り直してガウリイは言った。
「オレ達、明日結婚するんだよな」
「何よいきなり。………嫌なの??」
「いや、そうじゃなくて…………」
ガウリイは口ごもって、ぽりぽりと頬を掻いた。この時ばかりは、自分の語彙の無さが恨めしい。
「あのねぇガウリイ。アメリアとフィルさんに『式挙げるんなら絶対ここでやれ』
って約束させられてたから、わざわざセイルーンくんだりまで来たんじゃない。忘れたの??」
「だから、そーじゃなくてだなぁ…」
腹を決めてリナに向き直る。真顔になったガウリイを見て、リナは一瞬どきりとした。
そういえば今までも、ごくたまにガウリイがこんな顔をした時があったっけ………。
「…リナ…………お前………………。…………本当にオレで良いのか??」
「…………へ????」
リナの目が点になる。
「……今ごろそんな心配してたの????」
「だってお前、セイルーンに来てからずーーーっと忙しそうにアメリアやシルフィールと盛り上がってばっかりいたじゃないかーー。だからオレは………、いや、心配っていうわけじゃ無いんだが………」
少年のような顔で必死に弁解するガウリイに、リナは苦笑した。そして櫛を置くと、ベッドに腰掛けているガウリイの横に座って、彼の青い瞳を覗き込んだ。
「…あんた“だから”良いのよ」
「…………本当かぁ……??」
「本当よぉ。世界広しと言えど、あたしの保護者が勤まった男はあんただけなんだから、あたしの夫が出来る男もあんたくらいでしょ?」
ガウリイは可哀相なくらい大きくため息をつき、しかし、まだ困惑顔で言った。
「でもなぁ、今まで『保護者』だったけど、『夫』になったら何をすりゃいーんだ??」
「今まで通りで良いのよ、あたしもしばらくは家におさまるつもりなんかないし。2人でまた旅をして、盗賊をいぢめて、食べ物の取り合いして、ときどきあたしのスリッパでどつかれてくれれば良いわ♪」
「何か安心したよーな、悲しいよーな気がするが……」
「気のせいよ」
断言するリナに呆れつつも、ガウリイはやっと安心した顔で笑った。
「とにかく、今まで通りで良いんだな」
「今まで通り“が”良いの」
2人は顔を見合わせて笑った、…今まででいちばん、素直な笑顔で。



ほどなく、部屋の灯りが消えて、セイルーンの王宮の一角も夜の帳に包まれていった。
空は満天の星で満たされている。明日はきっと美しく晴れわたる事だろう……。