夜の情景 ― 夜話

 

by 眠林

 
 
糸のような月だけが赤く光る夜に…




群狼の島のとある場所、彼の主のもとにゼロスは帰って来た。
「ただいま戻りました、獣王様」
「ご苦労。あちらの様子はどうでした?」
ゼラスは、物憂げに自らの美しい巻毛を弄びながら、彼女の第1の部下を迎えた。
「…いやもう、驚きと冷やかしが半分半分のお祭り騒ぎでしたよ。リナさんはあのとおり結構有名ですから、『あのリナ=インバースが結婚なんて信じられん』とか『相手はどんな怪物だ??』とか、色々言われてましたねぇ」
「………まあ、有名な事には間違い無いようね」
ゼラスはくすくすと笑った。
彼女自身も興味が無い訳ではなかった。「あのリナ=インバース」が嫁ぐ相手ならば、人間の男といえど、またある意味ただ者ではあるまい。
「でもやはり理解できないわね。人間というものは、何故好き好んで自分を相手に支配させるような事をするものなのか」
問うでもなく呟くゼラスに、にっこりと微笑みかけてゼロスは言った。
「僕は魔族ですが、喜んで貴女に御仕えしていますよ。ゼラス様」
「ほう。本当に?」
「貴女は、僕に存在と名前をお与え下さった方じゃないですか…」
「…ふふふ………。名前……ね…」
互いの間に、含みのある笑いが行き来する。
昔、当のリナに滅ぼされる直前の覇王将軍シェーラと、その主との間にどのような経緯があったかは、既に魔族の間では有名な話であった。
「ダイナストは『たかが道具の名前に何をこだわる?』と、言ったらしいけど?」
「では貴女は?。
何故僕に、御自身の名前の半分を?」
にこにこ顔のままゼロスは問い返す。ゼラスはすうっと目を細めてそんな部下を眺めると、問うた。
「………聞きたい?。獣神官ゼロス…」
「シェーラ殿ほど失策は多くないつもりなので…。
お聞かせ願っても、罰は当たらないかと………」
「ほほほ………。ならば、こちらへ」
差し伸べた手でゼロスの顎を捉えると、その耳に、ゼラスは何事か小さく囁いた。
そして、見開いたゼロスの目を覗き込んで、艶然と微笑む。
「………不服かしら?」
「……………」
ゼロスは黙って跪くと、高く組んだ獣王の足に接吻し、
そして、にっこりと笑った。
「いいえ、それでこそ貴女です。…………我が君…」




…人間が立ち入る事の出来ない闇の中で、二匹の魔族が見つめ合っている。