夜の情景 ― 小夜曲

 

by 眠林

 
 
何処からともなく、弦をつま弾く音が聞こえた気がして、アメリアは足を止めた。
大きな窓を押し開けると、暗い廊下に昇り始めた月の光が流れ込む。
眼下の庭に座っていた人物に向かって、彼女は声をかけた。
「…ゼルガディスさん!」
彼は楽器の手を止めると、顔だけこちらに向けて呼び返した。
「アメリアか?」
「はい。………そっちにいっても良いですか?」
「構わんが」
アメリアは“浮遊”を唱えると、ゼルガディスの前にふわりと降り立った。
王宮での巫女姿になっても、彼女の身のこなしの軽やかさは微塵も変わらない。思わず息をのんだゼルガディスの前で、彼女はぴょこんと頭を下げた。
「さっきはありがとうございました」
「………何のことだ?」
「ガウリイさんの相手をして下さって…。私たちがリナさんを独占して、ガウリイさんをほったらかしにしちゃってたから…」
「ああ、その事か。ああいう場所に男がうろうろしていても邪魔なだけだろう。仕方あるまい」
彼がそんな所に気が回るなんて、アメリアは妙に可笑しかった。それとも昔に似たような事があったのだろうか??。
「でも、申し訳なかったです。私、やっぱりああいう話には夢中になっちゃうから。リナさんも奇麗で幸せそうでした…」
アメリアは自分の事のように顔を輝かせた。
「…ああ………、そうだな…」
ゼルガディスはそれ以上、彼女に語る言葉を探せなかった。
彼は思い出す。「正義の味方にもなりたいけど、花嫁さんにもなりたい」と、言っていた時のアメリアの顔を。あの時に式を挙げたのも、短い間だったが共に戦った仲間だった。彼らも、明日結婚する2人も、それぞれの障害を乗り越えて幸せになっていく。
では、自分はどうだ??。仮にも一国の姫君であるアメリアを「花嫁さん」にしてやれるだけの資格はあるのだろうか??………。
…黙ってしまったゼルガディスの様子に、アメリアはちょっと悲しそうに
目を伏せた。
視線を落すと、彼の膝に抱えられた楽器が目に入った。
「ゼルガディスさん…。その楽器………」
「…ああ、『外の世界』で手に入れたものだ。初めて見るか??」
ゼルガディスは器用にセイルーンでもよく知られている歌を一節弾いてみせた。
「はい。でも、お上手なんですね」
「仕組みは簡単だからな」
言うと、彼は淀み無くその旋律を続けていく。
耳を傾けながら、アメリアは彼の隣にそっと腰を下ろした。
ずっとこのまま、前に踏み出せないのは嫌だった。
かと言って、昔話のお姫様のように待っているだけじゃ駄目なのも、
よく分かっている。
でも、一言で良いから、彼から、何かを言ってほしかった。
そうしたら、私は何でも、どんな事でも出来るのに………。
…小さく、曲に和して、アメリアは歌い出した。
ゼルガディスは、肩に、彼女の頭が、こつん、とあたるのを感じた。
(今はまだ……………………でも、いつかは………)
月に照らされた庭に、静かに、音楽が流れていった。