哀しい獣の瞳

 

by wwr

 
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「ですから、分離するのは生体ごとの拒否反応を利用すればどうでしょう?」
「そのやり方だと融合時期から逆算して、分離にあまり時間がかかると生体への負担が大きすぎるのではないか?」
「生命の水の配合をかえて、それから『復活』をアレンジした魔法を継続しておけば大丈夫ですよ」
「だが、『異物』をとり除いたあと、オリジナルの質量はどうやって確保する?」
「やはりそれが問題ですね」
ゼルガディスがこの館を訪れてから数日が過ぎた。今日も館の地下に作られた研究室で、ゼルガディスとクローヴはキメラの研究に没頭していた。
クローヴの魔道士としての腕は確かなようで、研究室には数々のキメラが、クリスタルの容器の中でたゆたっている。
牛と竜とのキメラ(食用の竜を作りたかったらしい)
林檎の木と、ニワトリのキメラ(卵が成る木を目指したようだ)
羽根と角のあるネコは、狩猟用と番ネコとして好評だそうで、付近の村にも広まっているということだった。
だが、クローヴも「合成したものを元に戻す」という方法は考えたことが無く、研究はなかなか進まなかった。生物を部分ごとに合成したものとは違い、全身バランスよく合成されているゼルガディスの体を、人間の部分だけとりだして再構築するというのは、至難のようだということだけが判ってきた。
「どうも…こう言っては失礼ですが、見事なものですな。あなたの体は」
「……」
「一体、どんな魔道士に合成されたのです?よろしかったら…」
「少し外の風にあたってくる」
答えるのを避けて、ゼルガディスは研究室を出た。
―見事なもの、か―
館の庭を歩くゼルガディスの口もとに皮肉な笑みがうかぶ。確かにキメラ研究者の目から見れば、価値のあるものなのだろう。だが自分には価値どころか、忌まわしさそのものの体だった。
鏡を見るたびに、自分の弱さと愚かさを見せつけられるような気がする。
いらつくゼルガディスはポケットに手を入れ、中に入れてあったものを握りしめた。ひんやりとして、でも握っているうちにぬくもりが伝わってくるような、不思議な感触がゼルガディスのささくれかけていた神経をなだめていく。
取り出して手のひらにのせ、じっと見つめる。
それは五芒星のうきでた、青い宝石の護符。
かつてそれを身につけていた少女の思い出が、彼の心をやわらかなもので満たし、ゼルガディスは大きく息をついた。
―あいつは今ごろ…どうしているんだろうな…―
ふと気づけば、いつのまにかゼルガディスは庭の奥ふかくまで足を踏みいれていた。
セージ、タイム、ローズマリー。
見なれたハーブに混じって生えているのは。
ダチュラ、ベラドンナ、マンドラゴラ。
濃くおいしげる緑のなかに、ぽつりぽつりと奇妙な色の花が咲いている。
「だぁれ?」
ふいに聞こえた声に、ゼルガディスはふりむいた。
背中をおおうほどのばした、まっすぐな銀の髪。どこか夢見るような瞳は、淡いすみれ色。一目で上等な絹と分かるドレスをまとった16、7歳の少女だった。
「あなた、だれ?」
「俺はゼルガディスという」
「ふぅん」
少女は興味なさそうに首をかしげた。
「お前は、この屋敷の者か?」
少女は無言でうなづくと、けむるような視線をゼルガディスになげ、そして宝石の護符に目をとめた。
「見せて、それ」
手をのばした少女を、そっけなくかわすゼルガディス。
「よせ」
少女は一瞬きょとんとし、そしてゼルガディスに問いかけた。
「あなた、クローヴの客?」
「そうだ」
「そう……」
少女の表情が一変した。
さげすむような視線をゼルガディスに投げつけると、薄い色の唇を開いて、かんだかい声を張りあげた。
「リフラフっ!」
がさり。
いつからそこにいたのだろうか。茂みの奥から、一人の男がうっそりと姿をあらわした。
背はゼルガディスよりも頭ふたつぶんは大きく、粗末な服の上からでも分かるほど、たくましい体をしている。無造作にのばした黒い前髪の奥からのぞく黒い目が、もの問いたげに少女をを見た。
「リフラフっ、その人つかまえてっ」
「なんだとっ!?」
身をひるがえそうとしたゼルガディスを、もっさりした見かけからは意外なほどの素早さで、リフラフは捕らえた。
「おいっ、お前らどういうつもりだっ!」
ふりほどこうと身をよじっても、リフラフの腕はびくともしない。
そんなゼルガディスに、少女は勝ちほこったような笑みをうかべながら近づくと、手を伸ばして宝石の護符をもぎとった。光にかざして、じっと見つめる。
「…きれいね…」
にっこりと笑うその瞳は、またどこか虚ろなものにもどっていた。
「きれいね……とってもきれい」
「おいっ、そいつを返せっ!」
少女は宝石の護符を大切そうに両手でつつみこみ、笑いながら庭の奥に歩みさってゆく。
「うふふ、きれいね。ふふ…」
後を追おうともがくゼルガディスだが、リフラフにがっちり押え込まれて身動きがとれない。
―くそっ、なんて馬鹿力だ―
世話になっている相手の屋敷で、騒ぎを起こしたくはなかったが、仕方がない。
「炎の矢っ」
どんっっ。
力ある言葉に応え、背後に現われた炎の矢が、リフラフの背を直撃する。衝撃がゼルガディスの体まで伝わった。が、ゼルガディスを押えこむ腕はゆるまなかった。
「なんだとっ!?」
アレンジして矢の数を減らし、威力もおさえたが、それとてまともに食らえば平気でいられるはずがない、常人ならば。
「貴様、なにものだっ」
答えはなく、ただ羽交い締めにする腕に力がこめられただけだった。次の呪文を口の中で紡ぐゼルガディス。こんどは手加減などしない。
そのとき、いきなり捕らえていたリフラフの腕がゆるんだ。ゼルガディスは力まかせにそれをふりほどき、振りむきざまに呪文を放つ。
「氷の矢っ」
きぃぃんっ。
襲いかかる無数の氷の矢を、リフラフは素早い身のこなしでよけ、素手でたたきおとした。
「どうやら、ただの召し使いではないということだな」
ゼルガディスの言葉に、リフラフの口もとが、ふっとゆるむ。そこからちらりとのぞいたものは。
―牙?―
ゼルガディスは、すらりと抜いた剣をリフラフに向ける。
「答えろ、あの女はどこにいった」
「ぐ…う…う…」
声とも、うなりともつかない音がリフラフの喉からもれる。
「で…て…いけ」
かなり苦労した様子で、それだけ言うと、リフラフは腕を出口の方向に伸ばした。
「出て……いけ……ここ…から」
「ふざけるなっ!」
ゼルガディスは剣を構えなおした、とその時ふいにリフラフが顔を妙な方向に向けた。まるで自分にしか聞こえない声を聞き取ろうとするように。そしてゼルガディスには目もくれず、生い茂る茂みの奥に入りこみ、かききえるようにいなくなった。
「まてっ」
その場にひとり残されたゼルガディスは、しばらく考えこんでいたが、やがて剣をおさめ低くつぶやいた。
「面白くなってきたな」
昔、残酷な魔剣士と呼ばれていたころの顔をして。

深夜、館の地下の実験室では今夜も明かりがゆらめいていた。なかなか思うように成果のあがらない研究に、クローヴは深く息をついた。
「今夜はこのぐらいにして休みませんか。ゼルガディス殿」
「そうだな…。そういえばクローヴ、あんた家族はいないのか?」
クリスタル容器のなかでまどろむキメラ達を見ながら、ゼルガディスはさりげない風を装って聞いてみた。
「いえ、キャラウェイという娘が一人おります」
「そうか。だが屋敷で見たことはないな」
「体が弱いので、奥の離れに住まわせているのですが、それがなにか?」
「いや、別に」
「そう…ですか」
言いながらクローヴの表情が微妙に変ったのを、ゼルガディスは見逃さなかった。片手で実験器具をもてあそびながら、探りをいれてみる。
「庭に、リフラフと呼ばれていた男がいたが」
「ああ、亡くなった妻が嫁いできたとき、実家から連れてきた者です。身寄りもないと言うので置いてやっているのですよ」
一見まっとうな答えに、ゼルガディスはカマをかけてみた。
「変っているな、あいつは」
「そうですか?」
そう言うとクローヴは口もとに、どこか歪んだ笑みを浮べた。そしてもうこれ以上話すことはない、というように実験用の器具を片づけはじめる。
「お客様に失礼があったのなら、リフラフには罰しておきましょう。娘は少し…情緒不安定なので、あまりお気になさらずに。…研究にはまだ時間がかかりそうですしな」
―体を元に戻す研究を続けたいなら、余計なことに首をつっこむな―
暗にそう言われ、ゼルガディスは今夜は引き下がることにした。
「では俺はこれで休むことにする」
「では、おやすみなさい」
ゼルガディスが扉を開けて出ていった扉を見つめ、クローヴは一人つぶやいた。
「さすが『白のゼルガディス』というところか。だが時期が悪い……交換を早めるとするか……」
クローヴは手を伸ばすと、実験台の上にある伝声管を引き寄せた。
「明日の夜、交換をする。準備をしておけリフラフ」
指示を与えると返事も待たずに伝声管を閉じ、クローヴは灯りを消して研究室を出ていった。